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金融グローバル化と金融市場の課題
パリ・ユーロプラス主催ファイナンシャル・フォーラムにおける福井総裁講演要旨
2007年11月27日
日本銀行
目次
日本銀行の福井でございます。昨年に続き、ユーロプラスのファイナンシャル・フォーラムでお話をする機会を頂き、光栄に存じます。また、ノワイエ総裁とご一緒できることを大変うれしく思います。本日はグローバル化が進む金融市場の課題につきまして、日頃考えていることの一端を述べさせて頂きたいと思います。
(金融グローバル化の進展)
ここ数十年来、金融イノベーションの一層の深化や金融の自由化と相俟って、金融市場のグローバル化が急速に進展してきました。金融グローバル化は、イノベーションや自由化によって促された面がありますが、逆にグローバル化に伴う豊富な資金フローがイノベーションや自由化をさらに進めるインセンティブとして働いています。このように、金融のグローバル化、イノベーション、自由化は、互いに因となり果となり進行してきました。
金融取引の国際化そのものは今に始まったことではありません。しかし、「グローバル化」と呼ばれるような国際金融市場の最近の動きは、かつてとは異なるいくつかの顕著な特徴を伴っているように窺われます。
第一に挙げられる特徴は、国境をまたいだ資金フローの量のきわめて急速な拡大です。IMFの調査によると、対外直接投資、他国の債券・株式の購入といった国際資本移動の額は、2000年代前半には20年前に比べて10倍近くにまで膨らんでいます。こうした国際資本移動の活発化は、金融機関を通じた海外との決済件数の増加でもみてとれます。例えば、わが国の銀行からSWIFTと呼ばれる通信ネットワークを通じて海外送金を行った件数は、5~6年前に比べても3倍弱にまで増加しました。また、先進工業国の対外資産と負債の合計額のGDP比率は、1970年当時は50%程度であったのが、近年では300%を優に越えています。このうち1990年代入り後の上昇幅が200%ポイント以上に達しており、いかにこの間のグローバル化の進展が速かったかを物語っています。
第二の特徴は、プレーヤーの多様化です。従来からの多国籍企業や金融機関の活動に加え、90年代にはヘッジ・ファンドが登場しました。さらに最近では、国境を越えて未公開企業への投資を行い、その企業の成長・再生を支援するプライベート・エクイティ・ファンドや、オイルマネーや外貨準備を運用する政府系ファンド、いわゆるソブリン・ウェルス・ファンドのプレゼンスが顕著になり始めています。ちなみに、従来はホームバイアスが強く外貨建て資産をほとんど持っていなかった日本の家計も、国際金融市場の新しいプレーヤーといえるかもしれません。例えば、外貨建公募投信は、ここ2~3年で急増し、最近では35兆円と、日本の対外資産の1割弱の規模に及んでいます。このように、日本の家計も、いわゆるキャリー・トレードの担い手の一つとして国際金融市場の動向に大きな影響を与えるにいたっています。
第三の特徴は、資金フローの対象や手段の多様化です。すなわち、先進工業国から発展途上国への資金の流れに加えて、BRICsをはじめとしたエマージング諸国や産油国から、豊富な資金が先進工業国へ流入するなど、より多元的で双方向のものとなっています。また、資金フローの多様化は、債券や株といった従来の金融商品に加えて、先物、オプションなどの金融派生商品、あるいはCDO、CLOといった証券化商品などの投資ビークルの拡がりという形でも進行しています。近年、ヘッジ・ファンドが原油や非鉄金属といったコモディティ市場でより活発な投資を行うようになってきたのも、こうした傾向のひとつと捉えることができるでしょう。
(安定性確保に向けた国際的な取組)
このような金融グローバル化の進展の結果、巨額な資金が国境を越えて瞬時に動くようになっています。また、様々な取引が複雑に絡み合う中で、そのネットワークのどこかにほころびが生じますと、その影響がどのように波及していくのか、見えにくくなっています。この夏の国際金融市場の動揺では、米国住宅市場の調整が、遠く欧州の金融機関の経営不安につながるという形で、世界的な拡がりをもってストレスがかかりました。これは、複雑な金融取引のネットワークを通じて、国際的に影響が伝播する可能性を端的に示した例といえます。
しかし、こうした事態が起こったとしても、金融のグローバル化やイノベーションの流れを止めることは、望ましくないし、可能でもないと、私は考えます。世界的な価格調整メカニズムが働くことによって、国境を閉ざしている場合に比べ、資金の出し手はより高い利回りで運用する機会を、資金の取り手はより安い資本コストで調達を行う機会が与えられます。また、国際的な分散投資や調達により、一国内よりも、より適切なリスクの分散や引き受けが可能になります。さらに、国境を越えたM&Aの可能性は、企業経営者に常により高い経営効率を求めるディシプリンとして働きます。こうしたメカニズムを通じて、金融グローバル化は、長い目でみて世界の経済成長にプラスの貢献を果たすものと考えられます。
こうしたメリットを活かしていくためには、まず、市場参加者が、複雑化するリスクの評価をきちんと行い、それに基づいて、高度化する金融商品のプライシングを適切に行うことが前提であり、どうしたらそのようなインセンティブが働くようになるか考えていくことが重要です。適切なリスク評価のもとで世界的な金融システムの安定性を維持しながら、資源配分の効率化、リスクの分散、市場規律の高まりという市場経済の機能を、グローバル・レベルでどう引き出すかということが、我々が解決すべき課題です。
こうした方向への取組は、中央銀行や監督当局を中心に、国際レベルで積み重ねられてきました。例えば、近年では、G7をはじめとした主要国の財務省、中央銀行、監督当局の関係者が集まる金融安定化フォーラム(Financial Stability Forum)は、ヘッジ・ファンドのもつ市場の価格発見機能や流動性供給機能を損なわないようにしながら、金融システムの安定性を確保する方策について幾つかの勧告を行い、各国の業界団体にその実行を働きかけています。この他、Basel IIといった銀行プルーデンス政策の国際的な取り決めをはじめとして、国際決済銀行などの国際機関を舞台に、世界的な金融システムの安定性を維持する取組は鋭意進められています。
(中央銀行の課題)
金融グローバル化の進展をはじめとした金融環境の不断の変化は、我々中央銀行にも、様々な形で、新たな課題を投げかけています。そのひとつに、各国の金融市場がグローバルなレベルで一体化し、相互に複雑に影響を及ぼしあう中で、グローバルな視点に立った情勢判断や中央銀行間の密接かつ迅速な情報交換が欠かせなくなっているということがあげられます。このため、私は、本日いらっしゃるノワイエ総裁をはじめ、各国中銀総裁と頻繁に情報交換を行っていますし、それ以外でも、日本銀行は、様々なレベルで海外の中央銀行と連絡を取り合い、十分な意思疎通を行っています。
また、金融システムの安定性を確保しつつ、実体経済と金融の調和のとれた発展を目指すことが、より一層重要性を増しています。市場経済においては、そのダイナミズムの中で、時として、市場参加者のユーフォリアや過度のリスク・テイクが拡がることがあります。例えば、米国サブプライム問題に端を発する今般の国際金融市場の変動の基本的な性格は、良好な経済・金融情勢が続くもとで、リスク評価が徐々に緩み、過度なポジション・テイクが行われた結果、市場の自律的調整により巻き戻しが起きたということだと思います。こうした基本的な性格は、10年前のアジア危機など、他のグローバル・レベルで起こった金融危機にも当てはまる問題です。
中央銀行として、こうした事態に対してどう対処するのか、特に予防的措置と事後処理とのどちらにより注力すべきかについては、政策当局者やアカデミアでも、多くの論戦が繰り広げられてきていますが、私自身のこれまでの体験を振り返ると、これらは二者択一の問題ではなく、その両方とも大事としかいいようがありません。いざことが起きた時の迅速で適切な対応は当然です。ただ、むしろ平常時においては、いや、平常時であるからこそ、潜在的なリスク要因を念頭においた充分注意深い政策運営を心がけることが必要であると思っています。金融危機といった経済の動揺は、人間の身体に降りかかる大病のようなものとみなせるかもしれません。大病にかかった後の治療よろしきを得ることが重要なのは当然ですが、まずは、日ごろから健康管理に気をつけ、予防に心を配るということが大切であることは自明です。
私ども日本銀行は、昨年3月の量的緩和の解除後、二つの柱に基づく政策フレームワーク(two-perspective approach)を導入しております。一つ目の柱では、経済・物価の標準シナリオを点検します。二つ目の柱では、さまざまなリスク要因をチェックしますが、その際、起こる可能性は低くても、起こったときに多大なコストを引き起こしかねないリスクに関しても評価を行っています。ここには、先ほど申し上げました行き過ぎやその巻き戻しのリスクも含まれています。私どもは、このように、予防的対応をしっかりスコープに入れた判断を行うよう努めています。
こうした判断を適切に行い、また動揺が生じた際の迅速な対応を行う上で、中央銀行は平素から金融市場や金融機関の状況に精通し、金融システムについての十分な理解を有していることが必要です。日本銀行は、日々の業務や市場調節、モニタリング活動などを通じて、金融市場や金融機関と多くの接点を有していますが、このことは政策運営判断や遂行において、極めて重要な要素となっています。
(おわりに)
以上、本日は、金融グローバル化をめぐる特徴的な動きや、グローバル化のメリットを活かしていくための対応、そして中央銀行のチャレンジなどについて述べてまいりました。繰り返しになりますが、金融グローバル化のもとで、国際金融市場の機能を最大限活かすと同時に、その安定化を図っていくためには、適切なリスク評価とそれに基づくプライシングのための環境整備がもっとも大事な要件です。そのためには、従来型の規制やルールにとらわれず、市場参加者が自らそうした要件を満たしていくようなインセンティブ付けが大事ですし、中央銀行や監督当局なども、そうした環境整備に努めていく必要があります。その際、市場関係者や政策担当者が、金融グローバル化の実態や課題をできるだけ正確に理解するとともに、そうした理解を共有することが出発点になります。「日仏金融・資本市場におけるグローバル化への挑戦」という今回のフォーラムは、こうした点でもたいへん重要な機会であります。このフォーラムを通じて、私どもの金融グローバル化の理解がより深まり、国際金融の発展に繋がることを祈念致しまして、話を終えたいと思います。
ご清聴ありがとうございました。
以上