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名古屋での各界代表者との懇談における福井総裁挨拶要旨
2007年12月3日
日本銀行
目次
(はじめに)
日本銀行の福井でございます。この度は、中部経済界を代表する皆様方とお話する機会を頂き、大変嬉しく存じます。また、平素より、私どもの支店が大変お世話になっており、この席をお借りして厚くお礼申し上げます。
本日は、わが国の経済・物価情勢や金融政策運営に関する基本的な考え方、それから金融システム面の課題などについて、お話したいと思います。
(経済・物価の現状と先行き)
最初に、経済・物価情勢の現状と先行きについてお話します。わが国の経済は、好調な企業部門に比べると、家計部門の改善テンポが緩慢な状態が続いていますが、全体としてみれば、緩やかな拡大を続けています。先行きにつきましては、日本銀行は、10月末に最新の「展望レポート」を公表し、その中で、2008年度までの見通しをお示ししました。その内容を一言で言えば、わが国経済は、海外経済や国際金融資本市場などの不確実な要因はあるものの、物価安定のもとで持続的な成長を実現していく可能性が高い、と考えています。実質GDPは、均してみると、潜在成長率を幾分上回る2%程度の伸びで推移する可能性が高い、とみています。以下では、このような見通しの背景にあるメカニズムとリスク要因についてやや詳しくご説明申し上げます。
まず、企業部門についてみると、世界経済が地域的な拡がりを持って拡大を続ける中で、輸出は増加基調を辿っています。また、設備投資は、これまで数年間、高い伸びを続けてきたことを踏まえると、伸び率は昨年度までより低下すると考えられますが、高水準の企業収益を背景に、今後も堅調な伸びが続くとみられます。
こうした企業部門の好調さは、緩やかながらも着実に家計部門へと波及しています。雇用者所得は、雇用者数の増加に支えられて、緩やかな伸びが続いているほか、株式配当の増加など多様なルートを通じた家計への波及も続いています。一人当たり賃金はこのところやや弱めの動きとなっています。こうした動きには、グローバルな競争や資本市場からの規律の高まり、原材料高などを背景に、企業の賃金抑制姿勢が根強いことに加え、賃金水準の高い団塊世代の退職やパート比率の上昇といった動きが影響していると考えられます。しかし、企業の人手不足感は高まっており、労働市場の需給がさらにタイト化していけば、徐々に賃金の上昇圧力は高まっていくものと考えられます。こうしたもとで、個人消費は、緩やかな増加基調を辿るとみられます。
賃金など家計部門への波及を考える上で、多くの雇用者を抱える中小企業の業況は重要なポイントの一つです。もともと、今回の景気拡大局面はグローバル化の進展とともに進んできたため、世界経済との接点の大きさによって、企業の業況にもばらつきがみられましたが、このところ、各種の調査で中小企業の業況が悪化しています。これには、原材料の高騰による交易条件の悪化や、本年前半、生産が横這い圏内で推移したことなどが影響していると考えられます。生産活動は夏場以降、再び増加に転じていますが、今後の状況を注視していきたいと思います。
物価面では、国内企業物価は、国際商品市況高などを背景に上昇していますが、消費者物価(除く生鮮食品)は前年比ゼロ%近傍で推移しています。こうした動きは、規制緩和などを背景に厳しい競争環境にさらされている消費者段階では、原材料高などの価格転嫁が企業間取引ほどには進んでいないことを反映していると考えられます。ただし、今後、潜在成長率を幾分上回る景気拡大が続く中で、労働や設備といった資源の稼働状況はさらに高まり、ユニット・レーバー・コスト(生産1単位当たりの人件費)は下げ止まっていく可能性が高いと考えられます。こうしたことから、消費者物価の前年比は、目先はゼロ%近傍で推移する可能性が高いとみられますが、より長い目でみると、プラス幅が次第に拡大していくとみられます。
(上振れ・下振れ要因)
以上を纏めますと、わが国経済は、生産・所得・支出の好循環メカニズムが維持されるもとで、息の長い成長を続ける、というのが最も蓋然性の高いシナリオです。ただし、見通しは常に上振れ・下振れの要因を伴い、こうした要因にも十分注意を払う必要があります。
まず第一に、海外経済の動向です。米国では、住宅投資は減少を続けており、在庫が高水準であることも踏まえますと、住宅市場の調整は当分の間、続くと考えられます。サブプライムローン問題に端を発した金融面の調整が強く意識される中で、銀行の与信態度も慎重化しています。一方、今のところ、他の部門には大きな影響は出ておらず、個人消費や設備投資は、減速しつつも緩やかな増加基調を維持しています。雇用も増加を維持しています。したがって、米国経済は、目先は低成長が見込まれますが、その後、安定成長に向けて軟着陸していく可能性が高いとみています。しかし、この先、住宅市場の調整が一段と厳しいものとなった場合や金融資本市場の変動の影響が予想以上に広範なものとなった場合には、資産効果や信用収縮、企業や家計のマインド悪化などを通じて、個人消費や設備投資が下振れ、米国経済が一段と減速する可能性が考えられます。また、欧州経済は、拡大を続けていますが、国際金融市場の変動が金融環境に及ぼす影響によっては、下振れるリスクがあります。こうした米欧経済を巡るリスクが現実のものとなれば、その程度にもよりますが、他地域の成長にもマイナスの影響を及ぼし、世界経済が全体として下振れる可能性があります。
一方で、世界経済が全体として高い成長を続けていることを考えると、インフレ方向の動きにも注意が必要です。米国では、労働や設備といった資源の稼働状況が高い状態が続いており、原油価格の動向などと相俟って、基調的なインフレ圧力が減衰したとは言い難い状況です。また、固定資産投資を中心に過熱感が強い中国においては、経済や物価が上振れる可能性があります。原油をはじめ、小麦、大豆といった穀物などが高値圏で推移している国際商品市況の動向も、その状況次第では、世界経済や物価の先行きに影響を与える可能性があります。
国際金融資本市場では、サブプライムローン問題に端を発した動揺が続いています。米欧の証券化商品市場は機能が大きく低下しており、短期金融市場も正常化したとはいえません。株式市場や為替市場も世界的に振れの大きな展開となっています。今般の変動は、長期にわたって良好な世界経済や金融環境が続いてきたもとで、市場参加者のリスク評価に緩みが生じ、その後、市場の自律的機能による巻き戻しが起こっている、ということだと思います。したがって、調整にはそれなりの時間を必要としますし、その過程で金融機関に相応の損失が発生することは避けられない性質の問題です。その上で、そうした市場や金融機関の動向が世界の実体経済にどのような影響を与えるかについては、なお不確実な部分があります。
このように、海外経済や国際金融資本市場などの変調が生じた場合には、日本経済に対して、輸出入や企業収益、金融市況の変化などを通じて影響が及ぶリスクがある点には、注意を払っていく必要があります。
第二に、緩和的な金融環境が続くもとで、金融・経済活動の振幅が拡大する可能性があることです。わが国の金融環境をみると、サブプライムローン問題やこれに端を発する国際金融市場の変動からの影響は、これまでのところ限定的です。金融機関の貸出スタンスは引き続き積極的ですし、CPや社債の発行環境は良好な状態が維持されています。こうした極めて緩和的な金融環境が続く中で、金融・経済活動が積極化する場合には、金融資本市場において行き過ぎたポジションが構築されたり、非効率な経済活動に資金やその他の資源が使われ、長い目でみた資源配分に歪みが生じるおそれがあります。こうした活動は、短期的には景気や資産価格を押し上げるかもしれませんが、その後の調整をもたらし、結局、息の長い成長を阻害することとなる可能性があります。
(金融政策の運営)
以上のような経済・物価情勢の判断を踏まえて、金融政策運営の考え方をご説明したいと思います。
先ほど申し述べたとおり、金融環境は極めて緩和的ですので、日本経済が物価安定のもとでの持続的成長軌道を辿るのであれば、金利水準は引き上げていく方向にあると考えています。具体的なタイミングについては予断を持つことなく、経済・物価の見通しのパスやその蓋然性、上下両方向のリスクなどを、十分に点検しながら、決定していく所存です。私どもとしては、物価の安定のもとでの持続的な成長が続く可能性が高いと考えていますが、そうした見通しの蓋然性を確認していくことは当然必要です。同時に、見通しに影響を及ぼし得るリスク要因を点検することも重要であり、その際には、目の前のダウンサイドリスクだけに囚われることなく、上下両方向のリスクに目を配っていかなければならないと思っています。金融政策は、経済・物価に影響を及ぼす事象を幅広い視野でバランス良く点検していくことが極めて重要であり、そうした点検の上に立って、適切な判断を行っていきたいと考えています。
(金融システム面の課題)
最後に、先に触れた国際金融市場の不安定化について、金融システムの観点から今少し述べたいと思います。
はじめにサブプライムローン問題のわが国金融システムへの影響ですが、海外市場における問題の一段の拡がりと深まりに伴って、わが国金融機関にも、当初の想定に比べて影響はじわじわと拡大しています。一部の金融機関では、市場価格下落に伴い投資商品に損失が生じたり、海外証券化ビジネスに関連して金融商品在庫に対して評価損を計上する例などがみられます。しかし、わが国金融機関の場合、クレジット市場への関与の度合いは相対的に小さく、これまでのところ損失は各金融機関・各金融グループの期間収益や経営体力の範囲内で十分吸収可能とみられます。欧米金融市場の動向については、今後とも注意深くみていく必要がありますが、現時点において、今回の問題がわが国金融システムの安定性に大きな影響を及ぼすものとは考えていません。
以上を踏まえたうえで、現時点における、市場関係者のリスク管理上の論点を中心に整理してみると、次のようなことではないかと考えます。
第一は、金融機関を含む市場参加者は、金融商品に対するリスク評価を一段と精緻なものとしていく必要があるということです。
今回の事態の背後には、証券化商品市場が急速に拡大し、リスクの複雑な商品が増える過程で、市場参加者のリスク評価が引き緩んでしまった面があることは否めないように思います。とくに最近の新しい金融商品の場合、価格変動などに関する過去のデータの蓄積が少ないうえに、リスクの性格が複雑で、かつ市場流動性も低いという問題があります。それだけに、市場参加者は、あらかじめ、より厳しいストレス時を想定したうえで、リスク量を極力精緻に測定し、これを的確に管理していくことが求められます。
第二は、市場関係者は、市場における透明性の向上に一段と努めていく必要があるということです。
今回のように、金融市場では、大きなショックが生じると、市場全体に疑心暗鬼が拡がり市場取引の回復に時間がかかるケースがあります。とくに、市場が新しい金融技術を用いたものであればあるほど、市場の反応はより大きくなりがちのようにみえます。市場の過剰な反応を極力抑え、市場機能をいち早く回復させるために、金融機関による投資残高や損益に関する情報の開示や、格付け機関による詳細な格付け関連情報の提供など、市場関係者みずからのイニシャティブで、透明性の向上が一段と図られていくことを強く期待しています。
念のため申し添えると、私どもは、証券化を中心とする近年の金融市場の発展を否定的に捉えているわけではまったくありません。新しい金融商品を活用したリスク分散の手法は、より広範な主体の金融市場への参加を促し、世界経済の発展に大きく寄与してきました。問題は、金融技術革新のスピードに、リスクの評価や管理の技術が十分に追いついてこなかったことであり、これをどのように高めていくかが今後の課題と言えます。日本銀行としても、国際金融市場の動向がわが国金融システムに及ぼす影響について、引き続き注意深くみていくとともに、ただいま述べたようなリスク管理面の諸課題について、研究・分析をさらに深め、わが国金融機関のリスク管理高度化を支援していく所存です。
(おわりに)
当地は、国際的にも高い競争力を持った産業を多く擁し、グローバル規模での競争が厳しさを増す中で、日本経済を牽引する地域となっています。当地に集積している高度な技術、知識を活かして、今後も新たな事業機会に挑戦され、当地が一層、躍進することを期待しております。このことは、日本経済の持続的な成長とダイナミックな発展に繋がっていくものと確信しております。
本日は、ご清聴ありがとうございました。
以上