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リテール向け金融ビジネスの将来像
「金融リテール戦略2007」における岩田副総裁講演
2007年12月13日
日本銀行
目次
- (はじめに)
- 1.リテール金融ビジネスを巡る環境変化
- 2.リテール金融ビジネスを巡るグローバルな動き
- 3.わが国におけるリテール金融ビジネスの課題と展望
- 4.結びにかえて:「オリジネート&コミュニケート」
(はじめに)
日本銀行の岩田でございます。本日は、「金融リテール戦略2007」にお招き頂き、誠に光栄に存じます。リテール金融ビジネスの第一線で活躍されている方々が多数お見えになっている前で、リテール金融という金融業務の根幹ともいえる重要なテーマについてお話する機会を与えて頂いたことを有難く思っております。夏以降、世界のトップバンクが国際金融市場の環境変化の荒波にもまれて苦戦している中、お客様とのコミュニケーションが命ともいえるリテール金融ビジネスのあり方について、今一度地に足をつけて考え直してみることは意義のあることと思います。
本日は、リテール金融ビジネスを巡る最近の環境変化を、国内だけでなくグローバルな視点から整理した上で、今後わが国金融機関がこの分野で一段の発展を遂げていくための課題と展望につきまして、私の考えを申し述べさせて頂きたいと思います。
1.リテール金融ビジネスを巡る環境変化
わが国の金融経済は、長らく続いた不良債権処理や企業経営のリストラというくびきを脱し、新たな展開に向けての動きがみられます。とくに近年は、以下の三つの環境変化が顕著になり、従来リスクテイクに慎重だったわが国投資家の投資行動にも変化が表れています。
第一は、グローバル化の進展です。わが国の投資家は、これまでホームバイアスといわれる国内志向が強く、また預貯金等、安全志向が強いといわれてきました。2001年春にゼロ金利政策に移行してから、預貯金からの利息収入が殆ど期待できない時代が続いてきました。ようやく、徐々に金利のある世界が復活しつつありますが、依然として内外金利差は大きいのが現状です。また、足許こそ少し円高に振れていますが、ここ数年、かつてないほどに為替相場は安定し、ボラティリティが非常に低い時期が続いていました。こうした金融環境を受けて、わが国投資家は、海外資産をポートフォリオの中に組み入れることに積極的になり、これが今年前半までの円安を促す大きな力の一つとなっていました。
第二は、金融制度の変化です。投資家が多様な金融資産に目を向けるようになり、そのためのルールが整備されるようになりました。この9月末に導入された金融商品取引法は、金融商品を販売する業者に対して、投資家に必要な情報提供等を義務付ける法律です。金融機関の窓口では、商品説明にこれまでに比べ相当多くの時間を要するなど、当初混乱もみられたようですが、窓口スタッフがお客様とのコミュニケーションのこつを掴むにつれ、落ち着きを取り戻しつつあると聞いています。世界的な流れをみても、個人投資家への金融商品の販売環境を整え、投資家保護を徹底することは、リテール金融ビジネスの根幹であり、金融機関がこの分野で生き残っていくためにどうしても必要な要件であるといえます。
また、10月には、長年わが国の大きな政治的課題の一つでもあった郵貯民営化がいよいよ現実のものとなりました。全国に1億の通常貯金口座を抱える巨大な銀行の誕生は、わが国リテール金融ビジネスに大きな影響を及ぼすものと考えられます。まだまだ走り始めたばかりであり、その影響を論じるには時期尚早ではありますが、ゆうちょ銀行の業務運営の仕方次第で金融機関の間の競争が一段と激しいものとなる可能性があります。一方、お客様にとっては金融商品への投資の選択肢が広がる可能性を高めるものといえ、競争メカニズムを通じてわが国リテール金融ビジネスの健全な発展に資することが期待されます。
さらに第三に、最近の環境変化で無視できないのは、IT技術の一段の進歩とリテール金融チャネルの発達です。みなさんもすでにインターネットや携帯電話を通じて銀行預金を移動させたり、買い物の決済を行ったりされた経験をお持ちだと思います。さらに、生体認証などのセキュリティー対策面でも、急速な技術進歩を背景に、広範囲でその導入が進んでいます。金融ビジネスが、小売業など他のリテールビジネスと違うことが許された時代——すなわち、顧客が銀行店舗に出向いて限られたサービスを受容する時代——はすでに過去のものといえます。日常のショッピングや娯楽、様々なサービスを受けるのと全く同様の便利さで、金融サービスを享受できることが期待されているといえるでしょう。このことは、リテール金融ビジネスへの要求を一段と厳しいものにする反面、ビジネスとしての広がりや深みを増す要素でもあると考えます。
2.リテール金融ビジネスを巡るグローバルな動き
(サブプライム住宅ローン問題の教訓)
今年の金融ビジネスを振り返ってみると、やはり最も大きな関心を集めたのは、米国サブプライム住宅ローン問題に端を発した国際金融市場・金融システムの動揺だったといえます。米国サブプライム住宅ローン問題は、米国におけるリテール金融ビジネスの問題でした。これがなぜ世界の金融市場や金融システムを巻き込む大きな動揺に繋がったのか、簡単に整理しておきたいと思います。この問題が、銀行が保有する住宅ローンの延滞率上昇に伴う、不良債権の急増という形に止まっていれば、わが国も含め多くの国が経験してきた伝統的な問題であり、これほど広範な影響をもたらすことはなかったでしょう。ただ実際には、ここ数年で進展した証券化技術を駆使して、これらのローンは、世界中の投資家のポートフォリオの中に組み込まれていました。かつての不良債権問題の規模を測るときには、銀行の資産を調査すればわかったものでしたが、今回の問題が人々を不安にする理由は、この規模とリスクの所在の把握が極めて困難であるというところにあるかもしれません。今世界の金融市場では、少しずつではありますが、かつて証券化して広く分散されたリスクを巻き戻す作業が進んでいます。少額の資本で、多額の貸出を行い、これを証券化して投資家に販売するというビジネス、いわゆるオリジネート&ディストリビュートと呼ばれるビジネスは、ここ数年続いた高速回転をしばし止めることを余儀なくされています。
グローバルに活動する金融グループは、大企業向け貸出ビジネスの収益性が低下する中で、これを補完するためにオリジネート&ディストリビュート型のビジネスを含めて、投資銀行ビジネスを強化してきました。投資銀行ビジネスに強い欧米金融機関の中には、それに特化した金融機関(インベストメント・バンク)が存在する一方で、リテール金融ビジネスも展開している先も多く存在します。先端的な金融技術とプロ投資家への販売力等が必要とされる投資銀行ビジネスと、リテール金融ビジネスとは、一見関係が低そうにみえますが、これらのビジネスを並存させているのは何故なのでしょうか。私は、今回のサブプライム住宅ローン問題をみて、この問の答えとして次の二つの点を改めて感じました。
第一に、サブプライム住宅ローン問題の展開をみてもわかるように、投資銀行ビジネスは、儲かるときには儲かるが、タイミングや戦略を誤ると収益が不安定化するリスクを負っています。このため、投資銀行ビジネスを手がける商業銀行は、安定的な収益源の一つとして、リテール金融ビジネスや資産運用ビジネスをビジネスラインに取り込むことで、グループ全体の収益の安定化を図ろうとしていると考えられます1。今回のサブプライム関連ビジネスによる損失発生状況をみても、幾つかの金融グループでは、投資銀行部門での損失は大きかったものの、資産運用ビジネス等、他部門の高収益でこれをカバーし、経営全体への影響度は必ずしも致命的なものとならなかったケースもあったようです。サブプライム住宅ローン問題は、国際的な投資銀行ビジネスを展開する上で、リテール金融ビジネスの持つ意義を再確認させたともいえるでしょう。
第二に、投資銀行ビジネスとリテール金融ビジネスの間には、シナジー効果が働くことです。投資銀行ビジネスでリスクを加工・移転する対象となる資産として、リテール金融ビジネスから安定的に供給され、大数の法則により統計的な扱いが容易な資産が適している面があります。住宅ローンを証券化したRMBSはその典型といえます。投資銀行サイドのプロの投資家ニーズを踏まえて、リテール商品が開発されるという関係もあるでしょう。わが国でも、中小企業の資金調達ニーズに応えるために作られた売掛債権流動化スキームから生成された信託受益権が、預金より利回りの高い商品を求める機関投資家の運用ニーズに応える商品となったというケースが聞かれます。ただし、投資銀行ビジネスとリテール金融ビジネスのシナジー効果を享受することは、投資銀行ビジネスに伴うリスクがリテール部門にも影響を及ぼす、またその逆の可能性もある点には留意する必要があります。
このように、リテール金融ビジネスをグループ・デザインに採り込むことは、収益基盤の安定・強化や資金調達チャネルの確保という意味で、国際的にビジネスを展開する金融グループにとって重要な要素となっています。
なお、邦銀へのサブプライム住宅ローン問題の影響は、国際的な投資銀行ビジネスへの取り組みが遅れたこともあって、欧米金融機関と比較して、相対的に小さなものとなりました。ただ、海外市場での問題の一段の拡がりと深まりに伴い、その影響範囲は当初の想定に比べてじわじわと拡大しています。一部の金融機関では、市場価格下落に伴い投資商品に損失が生じたり、海外証券化ビジネスに関連して金融商品在庫に対して評価損を計上する例などもみられました。しかし、これまでのところ損失は各金融機関の期間収益や経営体力の範囲内で十分吸収可能な規模に止まっています。欧米金融市場の動向については、今後とも注意深くみていく必要はありますが、現時点において、今回の問題がわが国金融システムの安定性に大きな影響を及ぼすものとは考えていません。
- 1規模の大きな銀行について、リテール金融ビジネスが安定的な収益源になっていることの実証分析については、Hirtle, B. J. and K. J. Stiroh 「The return to retail and the performance of US banks (Journal of Banking & Finance, 31, 2007, pp 1101-1133)」を参照して下さい。ただし、収益率は必ずしも高くないことが示されています。また、リテール金融ビジネスの定義として、消費者や小規模企業に関連する預金、貸出、モーゲージ、クレジットカード業務その他の金融サービスを多様なチャネルを通じて提供することが含まれています。
(リテール金融ビジネスのグローバル展開:M&Aの活用)
グローバルに活動するトップ金融グループのリテール金融ビジネスへの最近の取り組みをみると、母国での景気動向の影響を小さなものとするため、グローバルな地域分散を図る戦略が採られています。ただし、海外で独自にリテール金融サービスを立ち上げるにはコストがかかることから、現地の中堅リテール・バンクを買収するケースがみられます。もとより、こうした国際的なリテール金融ビジネス拠点の買収には、純粋な投資としての取り組みも含まれますので、必ずしも全ての先がグループ・デザインとしてこれらを長期に亘って取り込むことを想定しているとはいえません。今後、国境をまたぐリテール金融ビジネスへの投資・戦略的取り組みが、一定の成果をあげていくかどうか、注目していきたいと思います。
(リテール金融ビジネス成功のための前提条件)
グローバルな動きの締めくくりとして、リテール金融ビジネス成功のための前提状況といわれる世界共通の理解を整理しておきたいと思います。リテール金融ビジネスの収益性は、まずは、クリティカル・マスの確保と、クロスセリングといわれる多品種販売力、システム整備力が鍵といわれます。これらは先ほども申し上げた小売業など他のリテールビジネスとも共通する前提条件といえます。すなわち、金融ビジネスにおいても、顧客基盤の確保と、お客様の多様なニーズを的確に把握するマーケティング能力、それを商品設計に繋げる開発力、さらにお客様一人一人に合った商品をデリバリーする能力を備えることが求められています。これらの能力を備えた人材と環境を確保するには、膨大なコストがかかります。このコストを賄うためにも、十分な顧客基盤を整えることが不可欠といえます。
また同時に、マスをターゲットとしない富裕層ビジネスの展開も重要です。とくに国際的な金融ビジネスを展開しようとする場合、リスクテイク余力の大きい富裕層の資金を獲得することは、ビジネスの安定性という点から重要です。この分野も、やはりお客様の運用ニーズに合った商品をどれだけ用意できるかという能力次第であり、高い資産運用能力を持たない金融機関には、富裕層ビジネスの基盤を確保することは難しいといえるでしょう。
3.わが国におけるリテール金融ビジネスの課題と展望
(大手金融機関の取り組み)
わが国の大手金融機関が、リテール金融ビジネス収益性向上のために近年新たに取り組んできた課題として、次の二つが挙げられます。第一に、投信・保険等、リスク性商品の販売拡大による手数料収入の引き上げです。第二に、定量モデルを用いた中小・零細企業向けビジネスローンの拡大による、低コストでの取引先開拓と貸出利鞘の拡大です。
本日は、残念ながらこれらの課題に向けた取り組みが、いずれも足許やや行き詰まり感を示しているというお話をさせて頂きます。
第一の課題であるリスク性商品の販売については、冒頭申し上げたとおり、中期的な金融経済環境の変化を受けて、高金利外貨運用投信等がここ数年で大きく残高を伸ばしました。いわゆる外為証拠金取引と呼ばれる、通貨間の金利差に注目した資金取引も個人投資家の間に急速に広がりました。ただし、極足許をみると、為替や株式市場の動向を受けて、投信残高の増加ペースが頭打ちとなっています。金融商品取引法の施行も、長期的には投資を行いやすくする環境整備に繋がるとはいえ、短期的には販売を鈍化させる方向で働いたようです。
第二の課題である中小・零細企業向けビジネスローンとは、融資の審査手続きを定量モデルを用いて簡便化することで、低コストで新規顧客を開拓し、同時に利鞘拡大を狙おうという試みでした。ここ数年大手金融機関を中心に導入され、残高も徐々に増えてきていました。ただ、2006年以降、倒産件数が上昇、商品が想定していたスプレッド設定では採算が取れないレベルまで貸倒率が上昇していることを受けて、モデルの精緻化や審査手続きの見直しを行ったり、商品の取り扱いを停止した先もあるようです。
これら課題の行き詰まりをどのように打破していくか、その方策を聞くと、第一の資産運用ビジネスについては、お客様の資金フロー、リスク・リターンに対するニーズを的確に把握することが重要との答えが聞かれます。富裕層向けには、一対一での丁寧な情報収集とグローバルレベルの商品提案能力が、マス向けには、多様なニーズを把握するマーケティング能力とこれを集約した商品設計能力が求められることになります。ライフデザインと一体化した投資商品の提案は、金融商品取引法導入によってお客様への説明に時間をかける中でより実現しやすくなるともいえます。わが国経済の成長ペースが極めて緩やかなものになっている中、わが国投資家の運用ニーズは広く世界を対象に広がっており、こうした広範な市場で市場環境に左右され難い、ニーズに応じた運用機会を提供できるかどうかが鍵となると考える金融機関も増えています。
利便性・安定性が高い決済手段を提供している点も、わが国金融機関のリテール金融ビジネスの特長の一つといえます。ATM手数料無料化や生体認証システム導入等は、短期的には収益圧迫要因ではありますが、リテール金融ビジネスを展開する前提となる顧客基盤を確保するためには、避けて通れないとの認識が共有されています。
第二の課題である中小・零細企業融資ビジネスについては、財務データのみに依存せず、決済口座モニタリングを通じた資金フロー情報や定性情報も活用しながら、資金の流れ・商売の流れを把握することの重要性を再確認する声が聞かれます。とくに大手金融機関では、比較的規模の大きい中小企業にはアジアとのビジネス機会を持つ先も多くなっていることを捉え、国際戦略や資本戦略まで含むトータルな資金調達提案力を備えることで、ビジネスチャンスを広げることを期待しているようです。リテール金融ビジネスの基盤がしっかりしていれば、これを通じて多様な顧客情報が集積され、この情報基盤を活用することで商品開発力も向上し、そのコストも低減するという好循環が働くことが期待できます。
顧客重視の戦略は、低コスト化、クイック化というここ数年の発想とは一見逆向きのようにもみえますが、実は一段発展させた戦略ともいえます。こうした戦略を、採算度外視でボリュームを追求するといういつか来た道に陥らず、新たな発展に繋げるには、リテール金融ビジネスに閉じない、大きなグループ戦略を描くことが不可欠です。すなわち、世界にネットワークをもつ大手金融機関ならではの資産運用力や資金調達力が競争力の鍵となるといえ、そのためにグループ力を高めることが一つの解決策になると考えられます。
以上の二つ以外の取り組みとしては、消費者金融をビジネスラインに取り込む動きも注目されます。大手金融機関では、潜在的なマーケットの規模の大きさに着目し、本体のリテール金融ビジネスと資本提携等を行った消費者金融会社の提供するサービスとのシナジー効果を発揮できるとの戦略的見通しの下、引き続きこの分野に前向きに取り組んでいく姿勢を維持しているようです。貸金業法改正を受けて消費者金融市場の再編が否応なく進む情勢にあり、我々としても、先行きの環境変化に十分注意を払ってみていきたいと思います。
(地域金融機関の取り組み)
地域金融機関においても、統合リスク管理など、リスク・リターン重視の枠組みの導入が進みつつあります。ただし、こうした考え方をお客様との関係に持ち込むことは難しいという現場の声も引き続き強いようです。大手金融機関が採算性とコミュニケーションを両輪としながら、総合的な展開力でリテール金融ビジネスの基盤固めを模索する中、地域金融機関は、財務データなどのハードな情報では把握されない一段きめ細かいソフトな情報の収集力と関係構築力で更なる地盤拡大を進める構図といえます2。
情報収集力と関係構築力は車の両輪です。例えば、高齢化の進展は、地元での経済活動を充実するインセンティブに繋がります。高齢のお客様の地元での消費や娯楽、医療・介護等に関する活動情報を把握し、蓄積することで、これに役立つ店舗や施設等のインフラを整備するために必要な資金を地元の企業や団体に提供するという役割を担うのは、やはり地元金融機関であると考えられます。また、競争力を失った地場企業の市場からの退出がそれなりの頻度で発生するようになりつつある経済構造変化を逆手にとって、力の残っている段階での事業の抜本的な見直し提案と、効率的な事業・資産承継などのお手伝いをきめ細かく行うことが考えられます。これらは、1社1社の状況を把握し、経営者のライフデザインまで視野に入れた提案が行える地元金融機関にしかできないビジネスといえるでしょう。このように、地域のインフラ整備や、地元企業の再生機能の強化など、「地域へのコミットメント」から収益を挙げていくプランを描くことが鍵となるのではないでしょうか。
地域金融機関の貸出統計をみると、地元以外の貸出の増加が最近の伸びを支えている面が大きいのは事実です。ただ細かくみていくと、地元産業の活性化とともに地元の貸出残高を着実に伸ばしている金融機関もあります。地元志向の強い高齢者の活動や地場企業の活動を支える機能を強化することが、長い目でみた地元経済と地域金融機関の共存共栄を可能とする道だと考えます。地域へのコミットメントを確実に収益性向上に繋げていくには、そのコミットメントがもたらす長期的リターンとそれに要するコストのバランスを客観的に評価する枠組みを整えていくことが同時に求められる点も付言しておきたいと思います。
- 2アメリカのコミュニティ・バンクは、地元のコミュニティとのつながりや、ソフトな情報の処理や銀行内部での伝達において、規模の大きい銀行よりも比較優位があり、コストもかかるが収益性も高いと言われています(DeYoung R., Hunter W. C. and G.. F. Udell 「The Past, Present, and Probable Future for Community Banks(Journal of Financial Services Research, 25, 2004, pp85-133)」)。ここでソフトな情報とは「文書化したり他人に伝達したり、あるいはそれに基づいて契約を結んだりすることが難しい情報であり、外部者にとって容易に利用することのできない情報である」と定義できます。具体的には借手企業の「代表者の資質」がその例です(筒井義郎・植村修一編「リレーションシップバンキングと地域金融」、第一章、内田浩史「リレーションシップバンキングの経済学」(日本経済新聞出版社2007年))。
4.結びにかえて:「オリジネート&コミュニケート」
以上、最近の環境変化や内外の取り組みについてお話してきましたが、海外の大手金融機関と比較した場合、わが国金融機関の独自性は、「オリジネーション」にコストをかける点にあるといえるのではないでしょうか。オリジネーションとは、すなわちお客様との関係構築の第一歩です。リテール金融ビジネスを強化することが、オリジネーション能力の向上に繋がり、さらにここで得られた情報が多様なビジネス展開に繋がるという好循環を作り出すことが重要です。
オリジネーションにかけたコストは、ディストリビューションで回収するのではなく、お客様とのコミュニケーションを通じて提供するソリューション・ビジネスの中で長期的に回収するという、「オリジネート&コミュニケート」の発想が鍵となるといえるでしょう。すばやく資産を回転させて収益を稼ぐのではなく、長期的ビジネスの広がりによって安定的な収益に繋げていくというビジネスモデルといえます。
ただし、オリジネート&ディストリビュート型ビジネスは、バランスシートを節約して収益を挙げるテクニックである一方、オリジネート&コミュニケート型ビジネスは、バランスシートを大きく使う点には留意しておく必要があります。この点、例えばわが国の地域金融機関の中には、資本を含めた経営資源に活用余地があり、こうしたビジネスモデルへの適応力が高い先も多いように思われます。コミュニケーション力を強めるためのインフラ強化や、業務多様化を図るための他の金融機関や他業種との連携に、経営資源を活用することも考えられます。また、大手金融機関にとっても、グループの総合力を生かしたお客様との長期的な関係構築は、リテール金融ビジネスを展開する上での一つの目指すべき方向なのではないでしょうか。一人暮らしの高齢者世帯が増加する中で老後の財産管理に関する潜在的なニーズが高まっています。商業銀行部門が抱える顧客層に対して、信託部門が提供する遺言信託まで含めた総合的な生涯資産運用・調達手法を提供したり、住宅ローンを基点に、リバース・モーゲージやラップ口座など、引退後のキャッシュフロー・マネジメントまで提供するといった可能性が考えられます。
わが国の消費者は、電気製品や食品、生活用品等々で、世界でも最高レベルの商品選択眼とサービス要求レベルを持つといわれています。小売業などに参入した海外のリテール・ビジネスがわが国で必ずしも簡単に成功していないのも、そうした要求の高さに長期的に答えていくことの難しさを示していると思います。こうした一流の消費者に鍛えられた産業は、グローバルにみても十分な競争力を有している可能性が高く、自動車等の分野では既にそれが証明されています。わが国の金融産業は、便利で安全なマス・リテール商品を安価に提供するという面では顧客ニーズに対応していますが、「価値の高い商品なら高いお金を払ってもよい」という部分では、まだまだお客様の潜在的ニーズを十分に掘り起こせていないというのが現状なのではないでしょうか。統計的にも、わが国の消費者が利用する金融機関数は、国際比較でみて多く、すなわち一つの金融機関からのサービスだけでは満足できない人々が多いことが明らかとなっています。まずは、金融機関がそれぞれ特徴のあるサービスを提供し、お客さまにとって生涯つきあうパートナーとして選んでもらうことが必要でしょう。さらにグローバルな競争に打ち勝っていくためには、お客様とのコミュニケーションの中で培われたノウハウや蓄積された情報を、グローバルなビジネス展開にも活用し、総合的な収益力を高めていくことが期待されます。
私どもとしても、本日お話したようなコミュニケーション重視のリテール金融ビジネスが成長し、その発展が日本経済の安定的な成長を支えていくよう、中央銀行の立場から最大限のサポートを行ってまいりたいと思います。
ご清聴ありがとうございました。
以上