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高知県金融経済懇談会における岩田副総裁講演要旨

2008年2月7日
日本銀行

目次

  1. 1.はじめに
  2. 2.日本経済の現状
  3. 3.展望レポートの中間評価
  4. 4.成長率の下振れ要因
  5. 5.物価の上振れ傾向
  6. 6.交易条件悪化の影響
  7. 8.サブプライム住宅ローン問題
  8. 9.おわりに

図表 [PDF 687KB]

1.はじめに

 本日は、高知県における各界の皆様と懇談の機会を賜り、心より御礼申し上げます。高知支店は、太平洋戦争の下で現金手当ての円滑化を図るために、昭和18年11月に23番目の支店として開設されました。日頃より高知支店に対しまして暖かいご支援とご協力を賜り、感謝致しております。

 さて高知県経済の現状をみますと、企業の生産活動は緩やかに持ち直しているものの、全体としてはなお回復感に乏しい状況が続いています。雇用環境も有効求人倍率が0.5倍程度と全国最下位の水準にあるなど厳しい状況にあります。この厳しい状況は、高齢化、人口減少の進展や製造業の県内総生産に占める割合が低いといった構造要因に加えて、公共支出の減少によるところが大きいと考えられます。

 しかしながら、新たな経済発展の芽も育ちつつあるのではないかと推察しております。高知では、もともと高度な専門技術を背景に、規模は小さくとも世界・国内市場で高いシェアをもつ「オンリーワン企業」が少なくありません。先端技術分野においても、産官学の連携の下で高知COEといった新素材の開発・事業化が推進されています。また、柚子加工品など第一次産品を活用した新しい地場産業開発の試みを始め、森林環境税の導入や「協働の森づくり事業」の展開など、環境先進地域として地域をブランド化する試みが行われています。さらに、観光の面でも観光資源の豊かさを生かして、来月から「花・人・土佐であい博」が県の全域で展開される予定と伺っております。

 高知県は、幕末・明治維新の時代における坂本龍馬をはじめ、独創的で発想の豊かな人材を数多く生み出しておられます。皆様の創意工夫によって、これまで行われている多くの取り組みが豊かな実を結び、高知県経済を発展させていくことをお祈り致します。

2.日本経済の現状

 さて日本経済は、2002年以降長期にわたる拡大を続けてきました。1960年代後半の「いざなぎ景気」と比べて、成長率は2%程度と低く、家計部門への浸透も遅れています。また、今回の拡大局面では、2002−3年、2004−5年に「踊り場」がありました。足元の経済活動は、住宅投資の急減など一時的な要因によって再び減速しています(図表1)。

3.展望レポートの中間評価

 2007年10月に公表した展望レポートでは、2007、2008年度には潜在成長率をやや上回る成長率を示すなかで生鮮食品を除く消費者物価(コア消費者物価)は、緩やかに上昇幅を高めていくという姿を想定していました。1月の中間評価では、成長率は、2007年度にメイン・シナリオと比べて下振れており、潜在成長率をやや下回って推移する一方で、2008年度には2%前後の成長経路に復帰する蓋然性が高いと判断しています。また、コア消費者物価は、2007年度にエネルギー価格や食料価格を主因にして上振れて推移していますが、2008年度については、展望レポートで想定した緩やかな上昇が続くとみています(図表2)。

4.成長率の下振れ要因

 2007年度の成長率が下振れしている要因として、まず対外面では、国際金融市場で株価や為替レートが大きく変動するなど動揺が続くなかで、アメリカの住宅部門調整が長引いていること、さらに原油価格が高騰し、高止っていることがあげられます。次に、国内面でも、改正建築基準法施行の影響によって住宅投資のみならず、一部設備投資にもマイナス効果が波及していることがあげられます(図表3)。また、2006年末以来、名目賃金が伸び悩んでいることを背景に、内需は2007年に入ってから全体として伸び悩みが続いています。

 このほか、最近の消費者マインドの動きをみると、景気ウォッチャー調査の家計動向関連DIは、2003年初以来の低い水準にあります。また、消費動向調査においても、消費者態度指数が同様の動きとなっており、とりわけ、12月には暮らし向き判断が82年の調査開始以来の最低水準(34.9)に低下し、選択的消費の項目が急速に悪化しました。また、中小企業の景況感も景気ウォッチャー調査と同様に悪化しています(図表4)。

 しかし、改正建築基準法施行の影響による住宅着工減少の最悪期は脱したように思われます。住宅投資の一時的な落ち込みが成長率に与えるマイナスの効果はやがて剥落し、2008年度は成長率を押し上げる要因になると考えられます1

 さらに、これまで長期にわたり拡大を支えてきた基本的なメカニズムは維持されています。まず輸出は、アメリカ向け輸出が減速しているにもかかわらず、欧州、アジア、産油国向けを中心に堅調に推移しています(図表5)。また、高水準の企業収益を背景にして、大企業の設備投資が景気拡大をリードし、雇用の伸びの堅調さが景気を下支えするというメカニズムは維持されています。この結果、個人消費は、消費者マインドの急速な悪化にもかかわらず底堅い動きを示しているほか、所定内賃金は改善傾向が続いています(図表4、6、7、8)。

 これらの要因が、2008年度にかけての経済活動を支え、一時的なマイナス要因が剥落していくにつれて、日本経済は潜在成長経路に復帰していくと考えられます。

  1. ただし、住宅投資の基調は、マンション価格の値上がりなどによってやや弱くなっていたため、戻りが緩やかになる可能性もあります。

5.物価の上振れ傾向

 一方、企業物価やコア消費者物価は、2007年度は、原油価格の高止まりや食料価格の上昇によって、昨年10月の展望レポートで示した見通しと比べてやや上振れて推移しています(図表9)。コア消費者物価は、12月に前年同月比で0.8%上昇しましたが、これは主として、エネルギー要因(0.67%寄与)や食料価格要因(0.16%寄与)によるところが大きいといえます。石油製品などの特殊要因を除く「実力ベースのコア消費者物価」も昨年10月から上昇に転じましたが、その上昇テンポは緩やかであるといえます。原油価格が現状の水準で推移するとすれば、コア消費者物価は、今年の春先まで上昇率を高め、1%近くに達する可能性があります。しかし、その後は、エネルギー要因による物価押し上げ効果は次第に小さなものになっていくと考えられます。この結果、年末にかけてコア消費者物価は、「実力ベースのコア消費者物価」の上昇率に次第に接近していくものと考えられます。また、差し当たり成長率が、潜在成長率をやや下回って推移することによって、経済全体の需給ギャップの改善傾向が、当面、足踏みすると予想されますので、「実力ベースのコア消費者物価」の上昇テンポは引き続き緩やかなものにとどまるとみられます(図表10、11)。この結果、中間評価では、2008年度のコア消費者物価については、従来の見通し(0.4%程度の上昇)を変更する必要はないと判断しました。

6.交易条件悪化の影響

 成長率は減速しているにもかかわらず、物価が上振れて推移している一つの理由は、原油価格の大幅な上昇によって外国との貿易面における交易条件が悪化しているからです。外国からの輸入価格が日本からの輸出価格よりも大幅に上昇する場合には、生産活動が拡大していても人々の生活水準の低下をもたらすことになります。国民経済計算統計では、交易条件の変化が与える効果の大きさを「交易利得」として計上しています。この「交易利得」は2004年以降大幅な減少を示しており、2006年にはGDPの2.7%分、交易利得が失われたことがわかります。2004年以降に失われた交易利得は、累積すると第二次石油危機時の規模に近いものになっているといえます2(図表12)。

 国内面では、原油・原材料など輸入価格の上昇によって企業の収益が圧迫され、賃金上昇が抑制されることになります。コストの上昇を販売価格に転嫁することの困難な中小企業の収益は減少し、企業家のマインドも悪化することになります。また、ガソリン、灯油など石油製品の価格上昇によって消費者物価が押し上げられ、家計の生活水準が引き下げられることになります。

 日本銀行が行っている「生活意識に関するアンケート調査」(生活意識調査)によりますと、人々が実感している消費者物価上昇率は急速に上昇し、最近では中央値で5%に達しています。賃金が上昇しない中での物価上昇は、消費者の購買意欲を減退させます。ところで、人々が実感している物価上昇率は、コア消費者物価前月比年率の伸びとよく連動しています。「生活意識調査」における1年後、5年後の期待物価上昇率は、短期に振れる性格をもっているといえます。また、物価連動債と国債の利回りの差から市場参加者の期待物価上昇率を読み取ることができます。物価連動債市場が相応の厚みを持つに至っていないことなどから、相応に幅をもって見る必要はありますが、そこでの長期的な期待物価上昇率はゼロ近傍で安定しています(図表13)。

  1. 2計測方法について違いはありますが、第一次石油危機、第二次石油危機時に、日本の経済厚生は、それぞれ、名目GNPの4.3%、5.4%低下したと推定されます(岩田一政「国際経済学」(第2版)、新世社)。

7.先行きのリスク要因

 経済の先行きにはいくつかのリスク要因があります。金融市場の脆弱性を背景としてアメリカの景気後退リスクが高まり3、世界経済の成長率が減速するなかで日本の輸出が急速に減速したり、原油価格がさらに大幅に上昇する場合には、潜在成長率への復帰が遅れる可能性があることには留意する必要があります。経済の先行きについては、アメリカの景況感調査(ISM)における製造業の新規受注がこのところ大幅に低下していることや日本の先行コンポジット指数(CI)が2006年半ば以降低下傾向にあることには注意する必要があります4。また、鉱工業生産は、IT部門の在庫調整が終了したこともあって増加基調で推移していますが、輸出が減速することになれば、先行き足踏みする可能性もあります。

  1. 3NBERの景気循環基準日付けは、「経済活動の大幅な減少が数ヶ月続き、一般的にその状態が、実質GDP(月次)、雇用、移転所得を除く実質所得、卸・小売売上高、鉱工業生産において顕在化する」ことを勘案して決定されます。
  2. 4先行CIは、2006年5月をピークに下落傾向にあります。一方、一致CIは、これまで緩やかな拡大を示していましたが、このところ一進一退の動きになっています。

8.サブプライム住宅ローン問題

 いずれにしても、世界経済の先行きに関する最大の不確実性は、国際金融市場の動揺がまだ沈静化していないことにあります。世界の株価をみると、先進国と新興国の株価が連動して、年初から大幅に下落しています。金融市場では「デカップリング」が生じていないことが改めて認識されました。日本の株価は、2007年に11%下落と他の先進国よりも大幅に下落しました。その主な要因は、日本の株式市場は、個人投資家の売買比率が26%と低い一方で、海外投資家の売買比率が61%と高いことがあげられます。海外投資家がサブプライム住宅ローン関連で損失を蒙った結果、リスク回避志向を強め、質への逃避を行うなかで、日本株を売却した側面もあると考えられます。また、日本の景気拡大が、輸出に依存する比率が高いために、為替レートが円高に振れると企業業績の悪化が連想されやすいことがあげられます。

 国際金融市場の動揺をもたらす契機になったのは、アメリカにおけるサブプライム・ローンを中心とする住宅ローンの延滞率の上昇と住宅価格の下落でした。1890年以来の長期にわたる実質住宅価格の動きを観察しますと、大恐慌直前の時代に3割程度低下しました。戦後は、実質住宅価格が急回復した後は、比較的安定的に推移してきました。これまで住宅ブーム期には2割程度上昇しましたが、今回のブーム期の特徴として、住宅価格の上昇幅が異例の大きさであったことと、住宅ローンが大幅に増加したことが指摘できます5(図表14、15)。

 アメリカの住宅価格(ケース・シラー20大都市指数)は、昨年11月に7.7%下落しました。住宅価格が下落すると消費者ローンの担保価値が下落するために、消費者ローンの延滞率を高め、ローン残高を縮小させることになります。また、アメリカの家計が保有する住宅資産(約21兆ドル)が目減りするために個人消費を減少させる要因になります。

 今回サブプライム住宅ローン問題がグローバルな広がりを示したのは、住宅ローンが組成された後、証券化され、さらに証券化された商品から金融派生商品をつくり販売するという「組成・販売」ビジネスが広く行われていたからです(図表16)。このビジネス・モデルを裏側から支え、証券化プロセスに利用されていたのが、「投資ヴィークル」です。この「投資ヴィークル」の中には、資産と負債の満期構造に大きなギャップがあり、レバレッジ比率が大きいものも多く見られました。サブプライム住宅ローン問題が発生し、証券化された資産価格の大幅な価格下落によって、「投資ヴィークル」は市場からの資金調達が困難になり、流動性不足に直面しました。この過程で、住宅ローン関連の証券化商品だけではなく、類似した証券化商品であるローン担保証券や、再証券化商品(債務担保証券)など「ストラクチャード・クレジット」の価格も下落しました6。流動性について、資金調達の容易さを示す「資金流動性」と、資産取引の容易さを示す「市場流動性」があります。国際金融市場における「市場流動性」は、2007年以降急速に低下しています(図表17)。

 欧米の主要な金融機関は、「投資ヴィークル」が保有している資産の投げ売りによって資産価格が暴落するのを防ぐためにつなぎの融資を行い、また資産の引き取りなども行ったことで資金流動性不足と損失の拡大に直面することになりました。欧米金融機関の損失は、時を追うにつれて拡大しています。市場では、信用収縮に伴うマクロ経済への影響への懸念もみられます。しかし同時に、欧米金融機関の多くは迅速な資本増強策をとっています。そうした観点からは、今後、どのように金融機関の損失処理が進むのか、資本の充実が図られていくのか、といった点が注目されます。なお、わが国金融機関についても、海外市況の一段の悪化に伴い損失額は拡大しているとみられますが、わが国金融機関の場合、証券化商品への関与の度合いは欧米金融機関に比べ小さく、したがって現時点において、今回の問題が、わが国金融システムの安定性に深刻な影響を及ぼすとは考えていません。

  1. 5アメリカの住宅ローン残高の名目GDP比率は、90年代の50%程度から80%程度にまで高まりました。また、過剰な住宅ローンの供給を背景にして、名目住宅価格は2000年以降急上昇し、2006年のピークまでの上昇幅は、2.5倍に達しています(日本の1980年代後半のバブル期の土地価格上昇の半分程度の大きさ)。なお、住宅ローンを借りている家計の側からみると、中位住宅価格・中位家計所得比率は、1999年に3.5でしたが、2007年には5.1と大幅に上昇しています。
     一方、日本の1980年代のバブル期には、不動産業向けを中心に、銀行貸出残高の名目GDP比率は100%から150%まで上昇しました。バブル崩壊後、日本の土地価格は、15年かけて60%程度下落しました(因みに、アメリカにおける住宅価格の上昇率の大きな州における経験では、3−4年でボトムアウトしているようです)。
  2. 6住宅ローン関連では、証券化された住宅ローン(RMBS)、およびこのRMBSを集めてもう一度証券化した関連の債務担保証券(CDO)があります。「ストラクチャード・クレジット」には商業用不動産担保ローンの証券化(CMBS)、レバレッジド・バイアウトなどに関連したローン担保債券(CLO)、などが含まれ、これらをさらに証券化した商品もあります。

9.おわりに

 年明けの短期金融市場は、昨年末以降の流動性供給に関する中央銀行による協調行動もあって、市場の緊張が低下するなど改善傾向が見られます。金融機関の市場における資金調達の容易さを示すTEDスプレッド(ロンドン市場取引金利マイナス短期国債金利)は、アメリカや大陸欧州、英国市場で縮小しています(図表18)。他方で、信用市場における緊張は収まっておらず、各種のクレジット・スプレッドや倒産リスクを示すクレジット・デフォルト・スワップ・レートは拡大を続けています。資金流動性と市場流動性が大きく変動するなかで、世界の中央銀行にとって、市場機能の円滑な発揮や信用供与チャネルの安定性を維持していくことは重要な課題です。日本銀行は、ゼロ金利や量的緩和の時期に金融不安を和らげ、デフレからの脱却を目指し、多様な手段を駆使して潤沢な流動性供給を行った経験があります。また、日本は、巨額の不良債権を処理した経験をもっています。過去の経験から日本が学んだことを国際的な場で生かしていくことは極めて重要な点であると思います。

以上