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日本経済新聞社主催イスラム金融シンポジウムにおける福井総裁開会講演(2月23日)要旨
2008年2月25日
日本銀行
目次
はじめに
日本銀行の福井でございます。本日は、イスラム金融シンポジウムにお招き頂き、誠に光栄に存じます。また、マレーシア中央銀行のゼティ総裁を始めとするイスラム金融の発展にご尽力されている方々とともに、イスラム金融につきまして、お話をする機会を頂いたことを大変嬉しく思っております。
日本銀行は、昨年、イスラム金融サービス委員会(IFSB)にオブザーバーとして参加致しました。これは、イスラム金融が近年急速に発展してグローバル金融市場におけるプレゼンスを高めている中で、その最新の動向について一段と理解を深めることが重要だと考えたからです。
発展するイスラム金融
近年のイスラム金融の発展には目を見張るものがあります。イスラム金融の規模を示す正確な数字はありませんが、2005年末で、65以上の地域において300以上の金融機関が、7000億~1兆ドルのイスラム金融関連資産を運用しているとのイスラム金融サービス委員会等による試算もあります1。これは、世界の金融資産全体と比べると、まだ1%にも満たないシェアではありますが、90年代半ばから平均して年率10~15%程度の高い伸びを続けており、今後もこうした勢いが持続すると期待されています。
特にアジアはイスラム金融がダイナミックに発展している地域のひとつです。例えば、2015年までに、湾岸協力会議(GCC)諸国の金融サービスの半分以上がイスラム金融になると予測されています。また、マレーシアでは、ゼティ総裁のリーダーシップの下で、イスラム金融センターとしての機能を高めるべく様々な政策を打ち出されてきており、既に民間が発行する債券の5割以上がイスラム債となっています2。
イスラム金融には長い歴史があると存じています。中東は、アジア、アフリカ、ヨーロッパの三大大陸の結節点として、古くから交易の場として栄えて来ました。その過程で、交易活動に必要な資金の調達において、また交易の決済において金融取引は活発に行われていたようです。既に11世紀には為替手形、小切手が流通していたと言われており、英語でいう小切手「check」は、イスラムが起源であるとの説もあるそうです3。
このように伝統あるイスラム金融ですが、先ほど述べたようなグローバルな拡がりをもって発展したのは最近のことです。この背景には、原油高に伴う中東諸国の金融資産の増加やイスラムの教義を意識した資産運用を望む社会層の増大といった要因が指摘されています。これと同時に重要なのが、ストラクチャード・ファイナンスといった近年の金融技術の発達です。これによって、利子の形態をとらなくても利益を共有できるスキームが作られ、イスラム債等、様々な金融サービスが開発されるようになりました。
- Islamic Research & Training Institute of Islamic Development Bank, Islamic Financial Services Board, and Islamic Research and Training Institute (2006), Islamic Financial Services Industry Development -Ten-year Framework and Strategies, pp.7-8.
- Bank Negara Malaysia (2006), Annual Report 2006, p.85.
- 本山美彦(1986)、『貨幣と世界システム』、三嶺書房、p.51.
多様性をもたらすイスラム金融
こうしたイスラム金融の発展は、基本的に金融市場や金融取引の多様性を増すものであると考えています。様々な価値観を持った参加者が金融市場に参入し、金融取引の形態のバラエティが増えていくことは、金融市場の発展やビジネスチャンスの拡大を促します。また、それと同時に、金融による資源配分機能向上を通じて、実体経済にもよい影響を与えることが期待できます。
こうした観点からは、イスラム金融が今後どのような新しい金融サービスを提供できるかに注目しています。これまでのところ、イスラム金融の取引の多くは、利子をとらないといったイスラムの価値観に従いつつ、最新の金融技術を利用して既存の金融と同じ機能を果たすことが出来るというものです。今後は、イスラムの価値観を活かして、既存の金融取引では実現できなかった金融機能を果たし、より効率的な資源配分に繋げていくことを期待したいと思います。
従来の金融取引にも様々なものがありますが、基本的にリスクとリターンというふたつの要素の組合せとして理解することができると思います。イスラム金融では、こうしたリスクとリターンにイスラム的な価値観という新たな次元を加えることで、金融の可能性を拡大することを期待しています。ひとつの例として、社会経済の公正・公平性、協同で事業に関わることを重視するイスラムの倫理観の下、マイクロファイナンスの発展が期待されています。
イスラム金融がもたらす多様性は、金融市場や金融システムの安定という観点からも重要です。一般的に、多様性が高まることは、一様な市場参加者や取引形態だけの場合と比べて、ストレス時における金融市場や金融システムの頑健性を高めると考えられます。例えば、アジア通貨危機以降、銀行中心の資金仲介から、債券も含めた多様な資金仲介チャネルを作り上げることがアジア諸国の課題とされていますが、イスラム金融の拡大は、そのような動きにも寄与すると期待されます。
今後のチャレンジ
このように発展が期待されるイスラム金融でありますが、同時に、最近拡大しているイスラム金融の様々な新しい取引については歴史も浅いだけに、まだまだ未知の部分が少なくありません。
例えば、イスラム金融の取引と従来の金融取引の間では、どのような裁定が行われていくのでしょうか。その結果、イスラム金融のプレゼンスの高まりは、グローバルな金融市場の価格形成メカニズムにどのような影響を与えるのでしょうか。
また、イスラム金融に則った資本フローが増えていることは、国際金融システム全体の安定性にどのような影響をもたらすのでしょうか。先ほど述べたように多様性の増大という意味では安定性を高めることが期待される一方で、現在拡がりをみせているような姿のイスラム金融は、グローバル化した金融市場の中でのストレス時の経験が、まだあまりありません。金融市場や金融システムのストレスへの耐性は様々な危機を乗り越えていく中で培われていくものだけに、この点は今後も注意深く見守っていきたいと思っています。
現在の国際金融システムの抱える潜在的な脆弱性のひとつとして、世界不均衡の問題があります。米国の経常赤字とアジア諸国や産油国の経常黒字という不均衡を膨大な規模のグローバルな資本フローが潤滑に流れることで埋めているのが現在の状況です。こうした状況の持続可能性を考える際には、オイルマネーを原資とするイスラム金融による資本の流れを理解することが、一段と重要となっています。
この間、イスラム金融が急速に拡大する一方で、金融システムの安定という観点から、どのようなリスク管理や規制・監督の枠組みが適切なのかという点は、なお検討の途上にあると理解しています。そうした検討の際の重要な論点は、既存の金融サービスに関するリスク管理や規制・監督の枠組みとの整合性であると思います。イスラム金融が既存の金融市場や金融システムとうまく共存し、グローバルな金融システムに、よい意味での多様性をもたらしていくためには、この点は極めて重要です。
その意味において、昨年ゼティ総裁が議長を務めておられたイスラム金融サービス委員会や、イスラム金融の会計基準を定めるイスラム金融機関会計監査機構(AAOIFI)は、イスラム金融と既存の国際的な基準を繋ぐ、重要な役割を果しています。例えば、イスラム金融サービス委員会は、既存の国際基準を補完するべく、イスラム銀行に対する自己資本基準や様々なガイドラインの公表を行っており、今後も投信や格付機関、保険分野(タカフル)に関する基準も制定する予定にあります。健全かつ安定的なイスラム金融サービスを目指して、これらイスラム金融に関する国際的な組織が、一段と活発な活動を行っていくことを期待します。
おわりに
このように、イスラム金融の発展は国際金融システムを理解するうえで不可欠な存在になってきています。日本銀行としても、イスラム金融サービス委員会へのオブザーバー参加を通じて、そうしたイスラム金融の最新の動きをフォローしていきたいと思っています。
日本の金融機関・企業のイスラム金融に対する取り組みは始まったばかりですが、一部には、新たな市場開拓に取り組み、現地法人を設立するなど、積極的にビジネスに取り組む先も出ています。企業も、イスラム金融の枠組みを利用したファイナンスを行い始めており、今後、取り組みが一段と進むことが見込まれます。
本日のシンポジウムが、日本の金融機関や企業のイスラム金融に関する理解を深め、新たな金融サービスの創出に向けた機会となることを期待して、私の話を終えたいと思います。
ご清聴ありがとうございました。
以上