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「最近の金融経済情勢について」

 山形県金融経済懇談会における亀崎審議委員挨拶要旨

2008年5月29日
日本銀行

目次

  1. 1.はじめに
  2. 2.海外経済の動向
  3. 3.日本経済の動向
    1. (3−1)企業部門
    2. (3−2)家計部門
    3. (3−3)物価
    4. (3−4)金融
  4. 4.景気減速:持続的成長への試練を新たなチャンスに
    1. (4−1)一段のグローバル展開
    2. (4−2)対内直接投資
    3. (4−3)人材確保、労働生産性向上
    4. (4−4)資源・環境問題への対応
    5. (4−5)経済・金融活動の大きな変動の回避:歴史から学ぶ姿勢
  5. 5.日本銀行の金融政策運営
    1. (5−1)2つの柱による経済・物価情勢の点検
    2. (5−2)リスク・バランス・チャート:不確実性の高まりを意識した新たな対話の工夫
    3. (5−3)今後の金融政策運営方針
  6. 6.終わりに

1.はじめに

 日本銀行の亀崎でございます。本日はお忙しい中、齋藤知事、並びに山形県の経済界を代表される方々にお集まり頂き、誠にありがとうございます。また、日頃から日本銀行山形事務所、並びに仙台支店が経済調査等々で大変お世話になっております。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。

 私は、昨年4月まで41年間、総合商社に勤務し、主に200を超える海外拠点の運営管理ならびに地域戦略を担当して参りました。その後、日本銀行の審議委員に就任して1年余りになります。日本銀行では、総裁・副総裁と審議委員から構成されるボードメンバーが、各地の経済界の方々と金融経済情勢について意見交換をさせて頂く目的で、懇談会を開催しております。私自身は、当地を訪れるのは初めてですので、本日は、まず私から、現在および先行きの金融経済情勢についてお話させて頂き、その後、皆様方から当地の情勢や日本銀行の金融政策運営等についてのご意見をお伺いし、しっかり勉強させて頂きたいと考えております。

2.海外経済の動向

 世界経済は、1970年代初頭以来の約30年間は、平均すれば毎年3~4%程度の伸び率で成長した後、この数年間は5%程度に伸びを高めておりましたが、足もとは米欧を中心として景気の減速感が明確化しつつあります(図表1−1、1−2)。それでも、新興国の高い成長に下支えされて、IMF(国際通貨基金)が先月公表した世界経済見通しも、2008年は3.7%、2009年は3.8%の成長率と堅調なものとなっていますが、下振れリスクは従来よりも高まっています。

 まず米国については、住宅市場の大幅な調整が続き、雇用面でも、非農業部門雇用者数が4ヶ月連続で減少し、しかも減少している業種が拡がっています(図表2、3)。これに加え、金融機関による融資基準厳格化、ガソリン高もあって、消費者コンフィデンス指数が落込んでいます(図表4)。さらに、最近では、個人消費も大幅に減速し、足もとは横這い圏内で推移しています。これに関連して、過去20年間に亘って個人消費の動向と高い連動を示している全米50州の売上税額をみると、2004年~2006年第3四半期まで前年比+6~10%という高い伸びを示した後、2006年第4四半期からは一貫して5%を割り込んでいます(図表5−1、5−2)。また、州別の動向をみると、住宅価格が下落している地域の売上税額が減少するか、伸びが低い傾向が顕著にみられます。住宅価格下落が地域的な拡がりを伴ってきている状況下、今後、住宅市場における調整の個人消費への影響が一層顕現化してくる蓋然性が高いと考えられます。このため、先行きの個人消費については、所得減税の押上げ効果があったとしても、弱い動きが見込まれます。また、企業収益の伸びも鈍化してきているほか、金融機関の融資基準厳格化の影響もあって、設備投資も弱めの動きを示しています。こうしたことから、米国経済は、当面は停滞ないし緩やかな後退局面を続ける蓋然性が高くなっていると思われます。実体面の指標のうち、住宅着工・販売件数や、住宅価格(前年比)、消費者コンフィデンス指数(ミシガン大学指数)など、幾つかの指標は、いわゆる3L問題(Land<不動産>、LDC<開発途上国>、LBO<レバレッジドバイアウト>向け不良債権の問題)から景気後退に陥った90年代初頭、あるいは第一次S&L危機(米国貯蓄貸付組合の連鎖破綻)等のあった80年代初頭以来の水準にまで悪化しています(前出図表2、4)。また、金融面では、破綻・問題金融機関の数はさほど増えていませんが、不良債権比率がやや高まっており、ROE(自己資本利益率)・ROA(総資産利益率)などの収益性指標は、90年代初頭以来の水準にまで低下してきています(図表6)。これらの動きは、米国景気の下振れリスクの長期化、深刻化の可能性を示唆しているように思います。

 欧州経済は、プラスの成長を続けると考えられますが、米国景気の悪化や、金融機関の融資基準厳格化、ユーロ高、さらにはスペイン、英国等における住宅市場の調整の影響などから減速傾向にあります。また、中東欧やバルト3国といった欧州新興国では、これまで欧州先進国からの資金フローに支えられて高成長を実現してきただけに、欧州系金融機関の融資基準厳格化などが、資金フローの急速な巻き戻しを通じて景気を不安定化させるリスクもあります。

 ここで、米欧の景気の足を引っ張っている金融市場の状況について触れたいと思います。米欧では、昨年夏場以降、米国の返済能力の高くない債務者向けの住宅ローン(サブプライム住宅ローン)を裏付資産とする証券化商品の信用力に対する懸念が強まったことに端を発して、証券化商品や社債、信用デリバティブなど広範なクレジット市場で大きな調整が生じ、この影響から金融機関等による日々の資金繰りの場である短期金融市場においても緊張が生じており、いずれも未だに収束していません。こうした状況下、米欧金融機関では、迅速に損失の把握・開示を進めて自らへの信認の確保を図りつつ、早期に、短期資金の確保や資本増強に動いています。また米国FRBでは、昨年秋以降、弾力的・大幅な政策金利の引下げに加え、入札型ターム物貸出制度やターム物債券貸出制度、プライマリー・ディーラー向け貸出制度の導入など、市場の安定化に資する新たな施策を次々と打ち出して、迅速かつ大胆に対応しています。欧州中央銀行(ECB)も、スイス国民銀行とともに、FRBとの間で為替スワップ協定を締結し、これを原資としたドル資金供給オペを実施するなどの対応を採っています。また、英国の中央銀行(BOE)でも、ターム物資金供給オペレーションの増額、担保範囲や対象先の拡大など、機動的に対応しています。但し、今回の金融市場の混乱の根は深く、米欧金融機関に不良債権問題をもたらすとともに、実体経済にも影響を及ぼしつつあるだけに、その収束には、なお時間を要するとみられます。

 中国については、外需の減速懸念はあるものの、固定資産投資や個人消費などの内需は好調であり、高成長が続いています。但し、食料品を中心に物価上昇ペースが速く、その経済・社会への影響が懸念されるほか、先行きの需要動向等については、上下両方向に不確実性が存在します。このほか、中東、ロシアなど資源国は、資源高による所得流入もあって、高い成長を維持すると思われますが、過熱のリスクにも注意したいと思います。

3.日本経済の動向

 日本経済は、エネルギー・原材料価格高の影響などから、減速しています。私共が4月に公表した「地域経済報告(さくらレポート)」では、9地域中、最も景況判断の弱い北海道を除く8地域が景況判断を下方修正しています(図表7)。因みに、当地を含む東北地域については、前回1月は「全体としてみれば、緩やかな回復を続けている」という判断であったのが、4月は「足踏み感がみられている」という判断に下方修正されています。このように、景気の減速感には、地域的な拡がりが伴ってきているだけに、注意が必要であると思います。当面は、海外経済の減速やエネルギー・原材料高の影響などから、減速が続くと思われますが、その後は、海外経済が次第に減速局面を脱していくとみられるほか、雇用・設備などの調整圧力は抱えていないことなどから、標準シナリオとしては、緩やかながらも成長経路をたどると予想されます(図表8、図表9)。

(3−1)企業部門

 こうした動きをやや詳しくみますと、まず企業部門について、輸出は、海外経済の成長を受けて、堅調な動きを続けています(図表10−1、10−2)。但し、米国やスペイン等、景気減速感が強まっている地域向けについては、このところ弱めの動きがみられています。輸出は、これまで景気の牽引役となってきただけに、海外景気減速や円高の影響等を踏まえつつ、よく注意してみていきたいと思います。

 企業収益については、これまで数年間、既往最高益を更新してきましたが、内外の景気減速、原材料価格高、円高等を受けて、今後は鈍化していく見通しであり、企業の景況感も悪化しています(図表11、12)。こうしたもとで、設備投資については、企業は従来以上に投資効率を慎重に見極めているため、伸びは鈍化していくと思われます(図表13)。但し、企業は設備の大きな調整圧力は抱えておらず、中長期的な需要に対応するための設備投資や、少子高齢化に対応するための合理化・省力化投資も見込まれるため、先行きも、底堅い動きが予想されます。

(3−2)家計部門

 一方で、これまで課題とされてきた企業部門から家計部門への所得波及には時間がかかっています。雇用・所得面をみると、労働需給がタイト化し、雇用者数は増加しています。しかし、賃金は、主として以下の2つの要因から上がり難い状況が続いています(図表14−1、14−2)。一つ目はグローバル化です。グローバル競争の強まりや、海外も含めた連結対象企業の従業員に公平に報いる必要性などが、給与の抑制要因となっていると思われます。二つ目は、1990年代後半以降の労働法制の変更の影響です。特に1999年の労働者派遣の原則自由化、2004年の製造業への派遣の解禁を受けて非正規社員が急速に増え、平均賃金を押し下げ続けてきました。最近は、労働需給が一段と逼迫していることに加えて非正規労働者の待遇に対する社会の関心の高まりもあって、徐々に非正規から正規への切り替えが進んでいます。この結果、足もとみられるようなパートタイム就業者の比率低下が続いていけば、今後、賃金の上昇要因になることも考えられます。しかし、中小企業はすでに労働分配率は高く、賃金の大幅な引上げは難しいと考えられます。また、相対的には労働分配率の低い大企業も、最近の収益環境の悪化を受けて賃上げペースを加速することは難しくなっていると思われます。但し、雇用者数の増加を受けて、雇用者所得の総和は増加しています。

 こうした雇用・所得環境のもとで、個人消費は底堅さを維持するとはみられますが、力強さを欠いており、今後も、ガソリン高、株価動向、社会保障制度への不安などの要因に影響される展開が予想されます。やや長い目でみると、1980年以降、個人消費がGDPに占めるウエイトは、当初の約60%から50%台後半に徐々に低下し、成長への寄与度も縮小しています(図表15)。もとより、日本は成熟経済であり、所得の増加や、新たな需要喚起など個人消費を取り巻く環境に著しい変化がみられない限りは、個人消費の力強い伸びにはなかなか期待しづらいと思われます。

 住宅投資については、昨年6月の改正建築基準法施行の影響は、一頃よりは薄れてきたものの、このところマンション販売が低迷していることなどから、新設住宅着工戸数の回復は極く緩やかなものとなっています(図表16)。

(3−3)物価

 物価面では、国際商品市況は、ここ数年、資源と穀物価格が、新興国を中心とする世界需要の増大、供給側の寡占化、輸送などインフラ整備の遅れによるボトルネック、投機資金の流入等を受けて相互に連動しながら高騰し、しかも価格上昇商品の範囲も拡がっており、これが世界的に物価上昇圧力を強めています。日本の企業物価も高い伸びを続け、CPI(除く生鮮食品)も徐々に伸びを高めています(図表17)。同指数を構成する521品目の動きをみると、上昇品目数が下落品目数を上回るという2006年8月以降の傾向が一貫して切れ目なく続いており、しかもこれまでよりも一段と水準を高めています。直近2008年3月では、上昇品目数から下落品目数を引いた数は118となっています。とくに食料品は、一つ一つの品目のウエイトは小さいのですが、これだけ長い期間上昇を続け、上昇品目数も増えてきたことにより、直近2008年3月のCPI(除く生鮮食品)の+1.2%の伸びのうち、食料品の寄与度は+0.4%にも上っています。また、CPIから食料品及びエネルギーを除いたベースの前年比も、これまでのマイナスを脱し+0.1%となったことをみても、静かな、しかし容易には下落しがたい商品群の物価上昇の根強さが窺えます。

(3−4)金融

 金融面に目を転じると、日本の金融機関については、米国のサブプライム住宅ローンへの投資等による損失は、じわじわと拡がってはいるものの、今のところは期間収益や経営体力で吸収できる範囲に止まっているとみられます。こうした状況下、金融機関の資金繰りの場である短期金融市場を始めとして、日本の金融市場も、欧米に比べれば総じて落ち着いて推移しています。こうしたもとで、企業金融についても総じて緩和的です。しかし、中小企業や零細企業を対象とするアンケート調査では、資金繰りが苦しいとの意見が増えつつあります(図表18)。中小企業自身の収益環境悪化に加え、中小企業からみた金融機関の貸出態度の変化の影響などもあると思われますので、今後、よく注視したいと考えています。

4.景気減速:持続的成長への試練を新たなチャンスに

 日本経済は、過去数年間に亘り、2%程度の成長を続けてきました。しかし、経済の成熟化もあって、成長率は緩やかであり、また、今回の成長局面は世界経済の拡大を大きな背景とするものであるため、世界経済との結び付きが強い大企業や大都市圏に比べて、そうではない家計・中小企業や地方にまでは、なかなか成長のメリットが波及しづらくなっています。こうした中にあって、足もとは景気に減速感が出ています。この状況は、今回の持続的成長にとって試練となることは否定できません。しかし、見方を変えれば、民間・公的セクターの双方にとって、まだ成長のモメンタムが存続しているうちに、今後の戦略を改めて抜本的に見直し、危機感を持って改革を実行していくことを通じて、日本経済が更なる持続的成長を実現していく力を涵養するチャンスであるとも言えます。その際に鍵となるのは、以下のような点だと考えています。

(4−1)一段のグローバル展開

イ.企業、金融機関のグローバル展開

 今後、日本の人口減少・少子高齢化が一段と進んでいけば、経済成長率の抑制要因となると思われます。一方、世界全体の経済成長率は、足もと減速しているとは言っても今後2年間も3%台後半と、日本に比べて高い成長率が見込まれています。これまで日本企業は、輸出相手国の分散を進め、特定の輸出相手国の景気に左右されにくい輸出構造を築いてきました。これに加え、製造業のグローバル展開により海外の高い経済成長を取り込んできた結果、現在では日本の所得収支は貿易収支を上回る水準に達し、これが更なる成長の源泉になっています。さらに最近では、食品、外食、日用品等内需型企業でもグローバル展開を進める動きが目立ってきています。中国、インドなどで中間所得層が台頭し、消費力を強めていることが、これら企業のビジネス機会に繋がっています。中小企業においても、輸出やグローバル展開を進める動きは徐々に増えています。こうした環境にあって、EPA(経済連携協定)、FTA(自由貿易協定)により海外経済との繋がりを一段と強めていくことの重要性は、従来以上に高まっていると思います。因みに、世界の国々の中で、二国間もしくは地域間で結ばれた自由貿易協定は200余りにも及んでいますが、わが国がこれまでに締結したEPAは僅か9件に止まっており、多くの重要な貿易相手国との間で、協定締結に至っていません。

 また、金融機関が、企業のグローバル展開を支援する動きも少しずつ出始めていますが、今後、日本の金融業が、国際的なプレゼンスをさらに高めて、情報産業としての力を充実させ、企業のグローバル展開の支援のみならず、わが国金融市場の活性化を通じて、経済成長を支える一つの柱となることも、期待されます。このように、日本の企業や金融機関が情勢変化を捉えて、しなやかに行動様式を転換しつつ、グローバルな高い成長のメリットを取り込んでいく工夫は、今後も不断に必要であると思われます。

ロ.企業、金融機関の規律:グローバル・スタンダード

 企業や金融機関が、グローバル展開を進めていくためには、情報収集能力を高めながら、ビジネス創造力、リスク管理能力を研ぎ澄まし、競争力を向上させていくことが必要であると思います。近年、経済統合を進めてきた欧州では、環境、製品品質(食品、化学)、会計などの分野で域内に共通基準を設けていますが、こうした基準は、各国の利害対立を乗り越えて策定されただけに、本質的な意義があり、規範性が強いのが特徴であると思います。こうした基準を域内で活動する外国企業にも課すことで、当該基準が、域内に止まらず、グローバルなスタンダードとなっていく例が多くみられます。企業にとって、こうした基準を遵守することにはコストが伴いますが、一面では、適切な外部規律(市場規律)を自らに課すことで、リスク管理能力、ビジネス創造力を高めることを通じて、企業体質を強化していく一助になっています。実際、欧州に進出している日本企業からも、先進的で、厳格な欧州基準に対応していけば、他の地域でも通用する競争力が得られるとの肯定的な意見は少なからず聞かれています。わが国としては、さらに一歩進んでそうした基準のルール・メイキングに、より積極的に関与していけば、基準設定を巡る不透明感を軽減し、企業活動の活発化に繋がることを通じて、長期的には望ましい結果がもたらされるのではないかと考えます。

(4−2)対内直接投資

 グローバル展開は、例えば製造業でいえば、現地生産に用いる資機材や、産業・建設機械の輸出増加を通じて、国内経済にも恩恵をもたらしますが、これに加え、より直接的に日本への投資を促していくことも大切であると思います。この点、日本への対内直接投資(海外から日本国内の企業の経営を支配または経営参加する目的で行う投資)は、このところ徐々に増加しているものの、主要国と比べれば、依然として低水準に止まっています(図表19)。一部には、海外投資家からみて、規制が不明確であり、閉鎖的であるとの印象を持たれていることが、ハードルとなっているとの指摘もあります。

 日本の対外直接投資は、今後も増加していくと思われる中、日本への対内直接投資についても、基本的に受け入れていくことが自然であると思います。このようにすることで、わが国企業にとっても、外国企業との戦略的な資本提携により国際競争力を高める機会が拡がります。さらに、マクロの景気にとっても、海外を含めて多様な投資家が資本を拠出し、経営に関与することにより、設備投資等が国内要因で大きく変動することを軽減し、内需の頑健性を増すことも期待できるのではないかと思います。

(4−3)人材確保、労働生産性向上

 日本の人口は、2060年には8千万人にまで落ち込み、英国(現在6千万人)を下回るという予測もあります。仮に、そうしたペースで人口が減少し、かつ高齢化が進行していった場合には、経済成長や、社会の活力が損なわれかねないと思います。現在、日本における移民は約200万人、人口に占める割合にして1.6%に過ぎません。一方、近年、長期に亘る持続的成長を果たしてきた米国、ドイツ、英国は、いずれも人口に占める移民の比率が高い(それぞれ14.5%、12.7%、9.4%)ことは、認識しておく必要があろうかと思います。これらの国々では、移民増加によって、社会への影響などの面で難しい問題も生じており、国によっては、これまでの寛容な政策への揺り戻しもみられます。しかし、米欧のみならず新興国も経済力を備えつつある状況下、わが国も危機感を持って対応しなければ、国際労働市場において人材の確保は一層難しくなっていくと思われます。この点については、今後、長期的、総合的観点から検討が深まっていくことを期待したいと思います。

 併せて、一人当たりの労働生産性を高めていく努力も必要であり、そのためには、良い意味で、働く人を大切に処遇することが重要です。例えば、人材教育を充実させていく余地は大きいと思います。団塊の世代が大量退職している中、製造業のモノづくりを始め、様々な職場で、技能・ノウハウの伝承が着実に行われていくことが期待されます。さらに、ワークライフ・バランスの実現、非正規社員への教育と正規社員への適切な切り替えなども、大事です。これらが長期的な競争力を損なう形となってはなりませんが、企業にとっても、日本経済にとっても、持続的成長を実現していくうえで人材は基本であり、極力多くの人々が、やりがいをもって生産性を高めつつ、長く働いていく工夫を凝らしていくことが求められていると思います。

(4−4)資源・環境問題への対応

 最近の資源・食料品価格の高騰は、消費国における物価上昇、企業・家計の実質所得減少などをもたらし、世界の経済成長に加え、社会安定に与える影響も懸念されています。日本経済の持続的成長にとっても、資源・食料品の安定確保は極めて重要な課題ですが、残念ながら、最近、国際商品市場では、日本の「買い負け」も増えてきています。今後は、資源であれば鉱山開発、食料品であれば海外の生産現場など、より川上に関与していくことにより調達力を高めるなど、リスクも十分に勘案しながら、日本経済の持続的成長を見据えた中長期的な戦略を策定・実行していくことが、公的・民間セクターの双方に求められているように思います。また、その際には、前述(4−1)のEPA/FTAの推進が必要となるケースもあります。

 環境問題への対応も、日本経済は勿論のこと、世界経済が持続的に発展していくうえで不可欠です。とくに、地球規模で進む温暖化現象の抑制は、今や国際政治の最重要テーマとなっており、今年から京都議定書に基づく温暖化削減の約束期間(2008~12年)が始まっています。日本企業は、自ら温暖化ガスの削減に向けて取組むのは勿論のこと、優れた環境・省エネ技術を活かし、海外でも新たなビジネスチャンスを切り開きつつ、この問題の解決に貢献していくことが期待されています。環境は、日本が指導力を発揮でき得る有力分野の一つであり、多くの面で大きな貢献が期待されます。そして、こうした取組みが、世界全体の資源消費を抑え、資源問題を緩和することにも貢献すると考えられます。

(4−5)経済・金融活動の大きな変動の回避:歴史から学ぶ姿勢

 経済成長が長く続くと、いずれかの段階で経済・金融活動に行き過ぎが生じ、それがさらに成長を持続していくことへの脅威となってきます。今回のグローバルな金融市場の混乱も、良好な世界経済や金融環境が続いたもとで、市場参加者のリスク評価に緩みが生じ、その後、市場で巻き戻しが現実化した一例とみることができます。このようなことは、後から振り返ってみれば当り前のことにも思われるのですが、歴史をみても、金融上の記憶は比較的短期間に失われてしまいますし、バブルが毎回、同じ態様を伴っていないことも、人々が警戒感を抱きにくい要因となっているように思います。

 しかし、多くの先人が、過去のバブル生成の背景にあった共通する事象として、緩和的な金融環境、相場上昇、強気化、レバレッジ(てこ)を用いたリターンの高い新たな金融商品の開発、金融の天才の出現などを指摘してくれています。勿論、金融経済は日々変化しており、市場経済の発展、経済のグローバル化などを受けて、過去にはなかった新たな側面が数多く生じてきていることも事実ですが、他国の例も含めて、歴史から謙虚に学んで、現下の現象の本質を見抜き、経済・金融活動の大きな変動を極力回避していく努力が、企業、金融機関、公的セクターのいずれにも求められていると思います。一方、一たび経済・金融活動の過熱から反動が生じた場合には、早期に経済・金融活動の安定化を図る施策が必要となり得ることも、しっかり意識していくことが必要であると思います。

5.日本銀行の金融政策運営

 次に、日本銀行の金融政策運営についてご説明したいと思います。日本銀行は、金融政策運営に当たり、各政策委員が、中長期的にみて物価が安定していると理解する物価上昇率である「中長期的な物価安定の理解」(消費者物価指数の前年比上昇率で0~2%)を公表するとともに、経済・物価情勢について、2つの「柱」による点検を行ったうえで、先行きの金融政策運営の考え方を整理することにしています。日本銀行では、これらの点について、半年に一回、「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)に取り纏めて公表しています。最近では本年4月末に公表しています。その後、約1ヶ月を経過した現時点における経済・物価情勢も、展望レポートの見通しに沿って推移しているとみられますので、以下では、同レポートに則し、私どもの金融政策運営について、やや詳しくご説明します。

(5−1)2つの柱による経済・物価情勢の点検

  1.  まず、「第一の柱」は、先行き2年間程度を見越して、最も蓋然性の高い見通しが、物価安定のもとでの持続的な成長の経路を辿っているかどうか、というものです。これについては、わが国経済は、当面減速するものの、見通し期間全体では、概ね潜在成長率並みの緩やかな成長を続ける可能性が高いと思われます(図表20)。また、CPIの前年比は、均してみれば1%程度で推移する可能性が高く、こうした動きは、「中長期的な物価安定の理解」に概ね沿ったものと言えるかと考えています。

  2.  次に、「第二の柱」ですが、より長期的な視点をも踏まえ、必ずしも確率は高くなくとも発生した場合に生じるコストを意識しながら重視すべきリスクを点検しています。これについては、海外経済やグローバルな金融市場を巡る不確実性、エネルギー・原材料価格高の影響など景気の下振れリスクに最も注意する必要があろうかと思います。物価面では、エネルギー・原材料価格の更なる上昇等を受け、物価が上振れるリスクがありますが、「中長期的な物価安定の理解」から大きく乖離する可能性は小さいと思われます。一方で、長期的には、緩和的な金融環境の長期化が経済・物価の振幅をもたらすリスクは、引き続き存在しており、前述の景気の下振れリスクが薄れる場合には、こうした上振れリスクを意識する必要性は高まるとみられます。

(5−2)リスク・バランス・チャート:不確実性の高まりを意識した新たな対話の工夫

 経済・物価情勢の予測には、元々多くの不確実性が伴うことが避けられませんが、現在は、こうした不確実性が従来以上に高まっています。こうした状況を踏まえ、今回の展望レポートでは、従来から公表している政策委員の見通しの計数に加えて、委員の考えるリスクの分布を集計したリスク・バランス・チャートを公表しています(図表21)。これをみると、実質GDPは、2008年度の分布は下方向に偏っており、委員は上振れリスクに比べて下振れリスクが高いと考えていることが示されています。一方、2009年度は上下の分布がほぼ均衡しています。2009年度は、2008年度に比べて分布の裾野が広くなっていますが、これは、時間の経過とともに、不確実性が高くなることが示されています。

 CPI(除く生鮮食品)については、2008年度、2009年度ともに、やや下方に偏っています。また、2009年度は、2008年度に比べて分布の裾野が広く、より不確実性が高いことが示されています。

(5−3)今後の金融政策運営方針

 このように不確実性が極めて高い状況のもとでは、先行きの金融政策運営について予め特定の方向性を持つことは適当ではないと思われます。このため、今後の金融政策運営に当たっては、米欧を始めとする海外経済や、グローバルな金融市場、エネルギー・原材料価格の動向も含めて、できる限りの情報を収集・把握し、先々に生じ得ることを見通しながらも、予断なく情勢を点検していく必要があると思います。そのうえで、市場との対話も十分に図りつつ、総合的な観点から、適切に、政策判断を行って参りたいと考えております。

6.終わりに

 最後になりますが、当地山形県は、日本銀行の歴代全30代の総裁のうち3人、すなわち池田成彬氏(第14代)、結城豊太郎氏(第15代)、宇佐美洵氏(第21代)を輩出しています。このうち、池田氏は、民間銀行の事実上のトップから昭和12年に日本銀行総裁に就任された方で、病のために在任僅か5ヶ月で辞任されましたが、その間に矢継ぎ早に経営改革を実施されています。先日、池田氏の伝記を読む機会を得たのですが、太平洋戦争時に反戦論を展開され、ときの首相に、ご子息の兵役軽減を交換条件に反戦論の撤回を迫られても、あくまでもこれを拒絶したとされるなど、その気骨溢れる人生への姿勢に誠に感銘を受けました。今回、そのご生誕の地を訪問させて頂いた機会に、改めて先人の気骨と、志の高さと、仕事振りに敬意を表しますとともに、私自身、微力ながら先人に倣い、精一杯職責を果たして参りたいと考えております。

 長時間に亘りご清聴頂き、誠にありがとうございました。

以上