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【挨拶】日仏交流150周年記念講演会における挨拶

日仏交流150周年記念講演会における挨拶

日本銀行副総裁 西村 清彦
2008年11月17日

目次

はじめに

 日本銀行の西村でございます。本日は、日仏交流150周年記念講演会に、日仏経済交流に関係の深い皆様にお集まり頂き、有難うございます。また、本講演会を日本銀行と共催しているフランス銀行のノワイエ総裁とともに、講演会開催の挨拶をさせて頂くことを大変嬉しく思います。

 私自身、フランスには特に親密さを感じております。経済学者として、1994年3月にストラスブールのパスツール大学で教えて以来、パリ、グルノーブル、ニース等の研究者と共同研究を続ける幸運に恵まれ、フランスの各地を幾度となく訪れました。これら都市旧市街の街並み、特にストラスブールのプティット・フランス地区、ピンク色ヴォージュ砂岩の大聖堂には想像力を掻きたてられます。また、中央銀行家としても、フランス金融システムが過去から現在に至るまで成し遂げてきた成果に感銘を覚えます。

 金融の面において、日本とフランスの関係は、明治初期から始まり、現在に至るまで緊密な関係が続いています。1867年の明治維新を経て、近代国家へと飛躍するため、明治政府は近代的な産業の育成に努めるとともに、それを支える金融面でも近代的なシステムを導入しました。その際、フランスの金融制度が重要な指針を提供したのです。日本の近代化過程で重要な役割を果たした渋沢栄一という人物がいますが、彼は様々な会社を興したほか、自らも銀行を創設するなど日本の金融制度の整備に尽力した人物としても知られています。渋沢栄一が留学し、実際の資本主義を学んだのがフランスなのです。そしてフランスの銀行家であったフロリヘラルトから金融制度について学びました。これらの経験を土台に、日本の近代的な金融制度が作り上げられることになったのです。時代は下り、現在では、日本、フランスの銀行は、それぞれ相互に多数の支店を開設し、活発な金融取引を行っているなど、金融取引の重要な相手方として、その関係は強まっています。

 本日の講演会では、これまでの日本、フランス両国の金融面での関係を踏まえ、両国金融市場の更なる発展に向けた今後の課題などが議論されることになっています。私からは、その前提として、国際金融資本市場の動揺とその対応についてお話しし、挨拶に代えさせて頂きます。

国際金融資本市場の動揺と対応策

 米国のサブプライム・ローン問題の発生による国際金融資本市場の動揺は、1年以上経てもなお収束せず、米欧金融機関の相次ぐ破綻などを背景に、著しく緊張が高まっています。私は、今回の国際金融資本市場の動揺には、「信頼の低下」、いわゆるコンフィデンス・イロージョン(confidence erosion)が大きな影響をもたらしていると思います。

 まず、問題の発端となったサブプライム・ローンが組み込まれた証券化商品やCDOなど複雑な金融商品の価格下落についてご説明します。これらの金融商品は、サブプライム・ローンなどを原資産としており、本来はリスクが高い商品のはずでした。しかし、金融機関が原資産をバランスシートから切り離して新たな金融商品を作り、それを投資家に売却する過程で、切り分けられたり、他の金融商品と統合されたりしました。更にこうした新しい金融商品の多くには、金融機関による組成・投資主体への流動性補完、保険会社による保証、格付会社による高格付が付与されました。こうした中、これら金融商品が高利回りで、かつ安全という過信が生じてしまった点は否定できません。しかし、米国住宅価格下落に伴い、原資産であるサブプライム・ローンのデフォルト率が上昇したことによって、これらの商品のプライシングや、これらの商品を生み出した「オリジネート・ツー・ディストリビュート(originate-to-distribute)」という新たなビジネスモデルに対する投資家の「信頼の低下」が生じ、これらの商品の価格が大きく低下することとなりました。

 この結果、金融機関のサブプライム・ローン関連の保有金融商品の損失が拡大し、自己資本が毀損されました。これに、米国経済の停滞が加わり、住宅ローンだけでなく、消費者ローンや企業向け貸出のデフォルト率が悪化する事となったのです。そのため金融機関の資産内容が一段と劣化し、自己資本が更に毀損され、その結果、金融機関の貸出態度が更に慎重化し、これが実体経済に悪影響を及ぼすという金融と経済の負の相乗作用が発生することになりました。そのため今度は、金融機関の経営状況に対する「信頼の低下」が生じることとなったのです。こうした中、米欧金融機関の破綻などを背景に、国際金融市場は著しく緊張が高まっています。各国のドル市場では、米欧金融機関に対するカウンターパーティ・リスクへの警戒感の高まりから、市場機能は大きく低下しています。こうした世界的な金融面の動向を受けて、わが国の金融市場も不安定さが増しています。

 このように、金融商品のプライシングやビジネスモデルに対する「信頼の低下」から、金融機関の健全性に対する「信頼の低下」に、問題の性格が変化する中で、国際金融資本市場の緊張が高まっています。このため、国際金融資本市場の安定を確保するためには、金融機関への信頼を高める方策、すなわち、不良資産の価格認識、不良資産のバランスシートからの切り離し、必要な資本の調達を着実に進めることが必要です。こうした観点から、各国政府は経営が悪化した金融機関に対する公的管理や公的資金の注入などの対応を行っています。

 また、各国中央銀行も、協調してドル資金を供給するなど、金融市場の安定確保に努めています。日本銀行でも、リーマン・ブラザーズの破綻直後から大量の資金供給を行っているほか、金融調節面での改善策を公表し、実施しています。

 国際金融資本市場の動揺をもたらした「信頼の低下」の背景には、世界的に緩和的な金融環境と世界的な低インフレ、高成長が長期にわたって持続する中で、金融、実体経済両面での行き過ぎが生じ、世界的に様々な不均衡が蓄積されてきたことが重要な要因の1つとして指摘できます。現在は、その様々な不均衡の調整過程にあり、G7後、各国政府や中央銀行は矢継ぎ早に様々な対応を採っていますが、その調整には時間がかかるものと思われます。このため、金融市場や金融システムの深い混乱を避けながら、次なる発展への基盤を整えていくしかありません。その際の課題としては、今申し上げた対応策に加え、以下の3つの対応を進めていくことが必要です。

 第1は、様々な不均衡が生じないよう、各国ともそれぞれの経済・物価情勢に応じて、適切なマクロ経済政策を行うことです。第2は、金融機関が金融商品の適切な評価やリスク管理などを行うインセンティブが働くメカニズムを構築することです。この点、今年春に国際金融資本市場の動揺を受けて公表された金融安定化フォーラムの提言を、着実に実行していくことが求められます。それに加え、中央銀行や監督当局は、個別金融機関のリスクだけでなく、金融システムに内在するリスクを明らかにすることによって、金融機関の自主的な取り組みを促していくことも必要です。第3に、市場・決済インフラの整備を続けることです。こうしたインフラの整備は、金融危機に伴う混乱の拡大を制御することにつながります。

 日本銀行としては、今後とも、こうした課題に積極的に取り組むとともに、国際金融資本市場の動向を注視しつつ、わが国金融市場の安定確保に努める方針です。

おわりに

 最後になりましたが、本日の講演会によって、日仏両国の金融面での相互理解が一段と進み、両国の金融面での結びつきが一層強固になることを祈念して、私からの挨拶といたします。ご清聴有難うございました。

以上