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【講演】「中央銀行の視点からみたリテール金融」
「金融リテール戦略2008」における講演
日本銀行副総裁 西村 清彦
2008年12月10日
目次
はじめに
日本銀行の西村でございます。本日は、この「金融リテール戦略2008」にお招き頂き、第一線でご活躍されている多くの方々の前でお話する機会を頂き、誠に光栄に存じます。
この場にいらっしゃる皆さま方が様々な形で関わられている「リテール金融」は、実に幅広い顧客層を対象としており、人々が人生のそれぞれの段階で遭遇する多種多様な状況に対処出来るものでなければなりません。それだけに、リテール部門で提供される金融サービスへの国民の関心は非常に高いのです。そのため金融機関に対する人々のイメージや満足度、ひいては金融機関経営の安定性や収益性をも左右することに繋がる、極めて重要な部門と言えます。今回のシンポジウムにおいて「顧客ロイヤルティの向上」が軸となるテーマに据えられているのも、こうした形でリテール部門が金融機関経営に与え得る影響を強く意識されてのことと理解しています。
一方、私ども中央銀行とリテール金融の間には、やや距離感があると感じられる方も少なくないと思います。しかし、実際には、日本銀行が行う金融政策の効果が国民生活の隅々まで行き渡るためには、リテール金融が重要な役割を果たしています。また、リテール部門の収益性や安定性は、金融機関経営を大きく左右しますので、日本銀行は金融システムの安定確保という観点からも、リテール金融が果たす役割に強い関心を持っています。
本日は、他のスピーカーの方々から、リテール金融の実務に則した様々なお話があると思いますが、私からは、最近の国際的な金融システムを巡る動向なども踏まえつつ、わが国におけるリテール金融について、中央銀行の視点から考えていることについて、幾つかお話ししたいと思います。
1.リテール金融の重要性の再認識~原点への回帰
今般の国際的な金融システムの動揺から得られる教訓
まず初めに、昨夏以降、米国サブプライム住宅ローン問題に端を発する金融資本市場ならびに金融システムの動揺が国際的に拡がりを見せていく過程において、リテール金融がどのような役割を果たしたかについて触れたいと思います。結論を先取りすれば、今般の国際的な金融システムの動揺の中にあって、リテール部門が金融機関経営にもたらすふたつの面での「安定性」、即ち、資金調達面での安定性と収益面での安定性が、世界的にも広く再認識、再評価されていると捉えることが出来ます。
リテール部門がもたらす資金調達面での安定性
まず、資金調達面に眼を向けますと、近年、特に欧米の金融機関を中心として、伝統的な預金による資金調達から、市場での資金調達へとシフトする動きがみられてきました。証券化商品を始めとするこの間の金融技術の発展も、こうした動きを後押しする役割を果たしてきたと言えます。このように、資金調達の軸足をリテール・ベースの預金からホールセール・ベースの市場性調達に移すことで、金融機関は多額の資金をその時点では相対的に低いコストで調達するとともに、証券化した資産をバランス・シートから切り離すことで、バランス・シートの拡大を抑制することが出来たように見えました。
しかし最近の国際的な金融システムの動揺の中で、英国のノーザン・ロックや米国のベア・スターンズの例に代表されるようなリテール預金ではなくホールセールの市場性資金調達への依存度が高かった金融機関においては、市場参加者から信用力に懸念を抱かれると急速に資金繰りが逼迫する事態に追い込まれてしまうケースがみられました。もちろん、預金による資金調達についても、その流出によって資金繰りが困難化するリスクは、常に念頭に置いておく必要があります。実際、最近においても、各国政府により打ち出された預金保護の枠組みの違いがきっかけとなって、国境を越えて預金がシフトするような動きも見られたところです。しかしながら、相対的に見れば、セーフティ・ネットの存在にも支えられた持続性の高い小口の預金基盤を有することが、金融機関の資金調達面での安定性確保に貢献していると評価して良いと思います。
リテール部門がもたらす収益面での安定性
次に、収益面に眼を転じますと、投資銀行業務に代表されるホールセール部門の収益が、市場環境や景気動向等により大きく左右されやすいのに対して、リテール部門の収益は相対的にみて振れが小さいということが言えます。実際、ホールセール部門への依存度が高い米国の大手投資銀行の収益を見ますと、一昨年までは大幅な増益を記録していましたが、昨年の途中から減益に転じ、最近では大幅な赤字を計上するに至っています。もちろん、商業銀行についても収益は悪化してきていますし、この先の実体経済の動向如何では、貸し倒れの増加から一段と厳しい状況に直面する可能性も十分にありますが、少なくとも投資銀行と比べた場合には、収益の短期的な振幅の度合いは相対的に小さいと言えます。リテール部門の収益は、多様かつ継続的な取引関係を有する顧客基盤に支えられており、小口分散の効果も働きやすいことからも、その安定性が相対的に高いということが説明できるのではないかと思います。
ただし、今般の米国サブプライム住宅ローン問題に引きつけて考えますと、形の上では、主としてホールセール部門において収益の不安定化が生じた訳ですが、問題の一端はリテール部門での融資審査の形骸化にあったと言えます。いわゆる「オリジネート・トゥ・ディストリビュート」型と呼ばれるビジネスモデルは、リテール部門で実行した融資を証券化し、ホールセール部門を通じて投資家に転売するという形になります。本来住宅ローンでは融資審査が重要な役割を果たすのですが、第三者に転売されることを前提にするようになったため、次第にリテール部門での審査の形骸化が生じたと言われています。その影響は多くの金融機関の財務に及び、遂には国際的な金融システムの安定性を揺るがす事態にまで至っています。このことは、リテール部門において、原点に回帰して、しっかりとしたリスク管理を行うことが、金融機関収益の安定性を確保するうえで非常に重要であるということを、改めて示していると言えます。
2.わが国におけるリテール金融について
リテール部門の基盤強化に向けて
このように、金融機関にとってリテール部門は、資金調達面および収益面での安定をもたらす部門として、経営における重要性がこれまで以上に高まっています。しかし当然のことながら、こうしたメリットを全ての金融機関が一律に享受できるものではありません。リテール部門がもたらし得る資金調達面および収益面での安定性を金融機関経営に十分に活かすためには、まさに今回シンポジウムのテーマ、「顧客ロイヤルティの向上」、を通じてリテール部門の基盤を強化していくことが大切だと思います。この点は「言うは易く行うは難し」ということですので、特効薬のような手立てを直ちに見出すことは難しいと思います。ただ、基本的な考え方としては、多岐に亘るリテール顧客のニーズを如何に的確に把握し、それに合致した金融サービスをタイムリーに提供していくことが出来るか、更には、新たな金融サービスを提示することによって、顧客の潜在的なニーズを如何に掘り起こしていくかという、言わばサービス業としての金融ビジネスの原点に立ち帰った、地道な取り組みを継続的に行っていくことが鍵になる、ということではないかと思っています。この点に関し、幾つかの視点を紹介してみたいと思います。
リテール金融を巡る環境
まず、リテール金融について考える前提として、わが国におけるリテール金融を巡る環境について、大きな構図を復習しておきたいと思います。
初めに、金融機関の収益構造の点で、わが国の主要金融機関が欧米の金融機関対比どのような特徴を持っているか分析してみますと、全体の収益に占めるリテール部門のウェイトが相対的に高いことが分かります。これまで申し上げたことに照らして考えますと、わが国の主要金融機関は資金調達面や収益面での安定性という点で強みを有していると評価することができます。ただし、その一方で、わが国主要金融機関の収益に占めるリテール部門のウェイトが高いことは、その他の部門、特にホールセール部門や資産運用部門から得られる非金利収入が伸び悩み、全体に占める非金利収入のウェイトが依然として低いことの裏返しでもあります。また、リテール部門の収益性も言わば低位安定の状態にあり、結果として、金融機関全体としての収益性が国際的に見て低い水準に止まっていることを考えますと、残念ながら手放しに評価する訳にはいかないのだろうと考えています。
次に、資金循環構造という側面に着目して、わが国の金融機関がどのような環境下に置かれているのか、触れておきたいと思います。世の中の経済主体を大きく民間企業部門、家計部門、公的部門などに切り分け、それぞれにおける資金過不足の推移をやや長い眼で見てみましょう。1980年代後半から1990年代初め辺りまでは、それ以前の高度成長期ほどではないにせよ、家計の資金余剰幅の拡大と歩調を合わせるように、企業の資金不足幅も拡大してきていました。金融機関はこの間、家計部門から預金という形で余剰資金を吸収し、これを企業部門に対し貸し出すという比較的シンプルな行動によって、資金仲介機能を果たしてきたと見ることが出来ます。見方を変えますと、従来、わが国金融機関にとっての家計は、企業部門の豊富な資金需要に応えるための資金調達を行う取引の相手方として捉えられてきたということです。このため、家計に対する金融サービスの提供そのものをビジネスに繋げ、そこから収益を上げていくという考え方は、元来馴染み難いものであったとも言えるのではないかと思います。
もっとも、1990年代後半から2000年代にかけては、家計部門が引き続き高水準の資金余剰を維持している一方で、企業部門では資金不足幅を縮小させてきている構図が見て取れます。これは、企業がバブル経済の崩壊以降、抱えていた設備・雇用・債務の「3つの過剰」の解消に努める中で、債務の圧縮と資本の蓄積を進めてきたことの現れでもあります。こうした中で、規制緩和に伴う資本市場の整備が次第に進んでいったこともあり、特に大手企業を中心として、金融機関貸出への依存度を大きく低下させてきました。このため、現状、構造的に預金は集まり易い一方で貸出は伸び難い環境にあると言え、金融機関の預貸率は全体として趨勢的に低下傾向にあります。金融機関にとっては、こうした環境の変化を前提とした上で、顧客から真に求められる金融サービスを如何に提供し、これを収益に繋げていくかがポイントとなります。以下では、リテール部門の主要な顧客である家計と中小企業を念頭に、どのような形で金融サービスを拡充していく余地があり得るかについて、考えてみたいと思います。
家計に対する運用手段の提供
家計に対する金融サービスを考える際には、現状、預金への資金の集中度合いが依然として高いことを踏まえると、やはり預金以外の運用商品の提供がひとつの鍵となろうかと思います。わが国において預金は、幅広い国民から継続的に支持されている金融サービスですが、リテール顧客の属性が多岐に亘ることを勘案しますと、個々の顧客の金融商品に対する潜在的なニーズにもかなりの幅があると考えるのが自然です。「顧客本位の金融サービス」を提供することで、そうした多様なニーズにきめ細かく応えていく余地は大きいと考えられます。また、私どもが地域金融機関を対象として行った分析では、提供する金融サービスを資金取引に特化していっても収益性の向上はみられない一方で、投信販売手数料等を含む非資金取引と組み合わせると言わば「範囲の経済性」を享受する形で収益性を高める余地があるとの結果も出ています。金融機関においても、1998年の投資信託の窓販解禁などを受けて、提供する運用商品のラインナップを順次拡充してきているところですが、その取り組み状況は、金融機関によっても、また業態によっても、かなり異なるように見受けられます。こうしたビジネスの展開については、昨年の金融商品取引法の全面施行に伴って、販売の現場では若干の混乱も見られたようですし、昨年以降の極めて変動の激しい相場動向の中で、顧客の安定志向が強いことを踏まえますと、厳しい環境が当面続くと思われます。しかし、やや長い眼で見ますと、家計に対して預金以外の金融商品を販売することによって、直接金融・間接金融の両面でバランス良く金融仲介機能を果たしていくということは、引き続き高い重要性を持ったテーマと考えています。特に、これからますます人口の高齢化が進んでいき、人々が何を基準に金融商品に投資するかという意味での選好基準が変化する可能性があることを考えますと、証券化に代表される金融技術革新の成果なども十分に活かすことによって、変化する顧客の運用ニーズに合致した金融商品を開発・提供し、既存の金融商品では結びつけることが難しい運用ニーズと資金調達ニーズとを仲介することが求められていくものと思われます。そうした意味で、今般の米国サブプライム・ローン問題に端を発する混乱の経験を踏まえてわたし達が学ばなければならないことは、決して証券化等の金融技術革新の成果を頭から否定することではなく、リスクの所在を適切に把握し、これを管理する枠組みを用意しながら、顧客のニーズに合致した金融サービスの提供のために上手に活かしていくことだと考えています。
一方、預金そのものについても、従来のサービスの提供のあり方を見直していく余地があるのではないかと思います。まず、預金に関連する金融サービスを、どういったチャネルを通じて提供していくかという点が、大事なポイントになります。この点については、既に、コンビニエンス・ストア、インターネット、携帯電話など、従来型の金融機関店舗とは異なる様々な媒体を活用することにより、新たな顧客ニーズを掘り起こし、捉えていこうとする試みが活発に行われていることは、非常に意義深いものと考えています。次に、預金そのものの商品性についても、顧客本位のサービスの提供という観点から、金利設定面の工夫、決済機能の強化、安全性の向上などの工夫が図られています。また、先ほど申し上げた、預金と預金以外運用商品のバランスの問題とも関連しますが、預金関連サービスに対する適切なプライシングを通じて預金量をコントロールし、その上で如何に預金関連サービスを金融機関にとって安定的な収益基盤へと育てていくか、という点も金融機関経営を考える上で重要なテーマになると考えています。わが国においては、「提供されたサービスに対して相応の対価を払う」という考え方が、ややもすると希薄になりがちな傾向があるということがしばしば指摘されます。その議論の妥当性について自信を持って申し上げることは出来ませんが、預金を通じた金融サービスのプライシングという大変チャレンジングなテーマについて、金融機関において、引き続き精力的な検討が行われることを期待したいと思います。
家計に対する資金調達手段の提供
次に、家計による資金調達をサポートする金融サービスの提供についても、触れておきたいと思います。既に申し述べましたように、わが国において家計は伝統的に資金余剰主体であり、マクロ的には、資金調達ニーズが高い訳ではありません。従って、米国の商業銀行や貯蓄金融機関、クレジット・ユニオンのように、住宅ローンのほかにも、カード・ローン、オート・ローン、教育ローンなど、家計による資金調達をサポートする金融サービスの提供が、リテール・ビジネスの大きな柱となる構造になり難いのが実態だと思います。もっとも、預金以外の運用商品の提供について申し上げたのと同様、リテール顧客の属性は様々ですので、個人向けローン等に対するニーズも決して小さくないと考えられます。実際、わが国の金融機関も、カード会社や消費者金融会社との業務提携、資本提携などを通じて、個人顧客の資金調達ニーズの掘り起こしに向けた取り組みを地道に行ってきているところです。
このような取り組みも、顧客ニーズにきめ細かく応えていく「顧客本位の金融サービス」の一環として評価されるべきものではありますが、その際、サービスに対する需要と供給のバランスの崩れなどが背景となって、収益性との対比でみて過大なリスクを負うといった状態となっていないか、注意深く見ていく必要があろうかと思います。この点、例えば住宅ローンについても、その主力商品である「当初固定金利住宅ローン」、即ち、貸出実行時から一定の期間、固定金利を適用するタイプの住宅ローンについてみると、当初適用される固定金利における金利優遇幅が大きく拡大しているほか、当初固定期間終了後も優遇金利を適用する先が増加し、その優遇幅も拡大傾向にあります。去る9月に公表しました「金融システムレポート」でも記しましたように、わが国の住宅ローンについては、ここ数年の間に採算性が大幅に悪化しているというのが、私どもの試算結果です。これは、金融機関が、現在の短期の預金金利のように極めて低い水準での資金調達を行うことが、長い将来に亘って可能であることを見込んで、より大きな金利リスクを取りながら住宅ローン・ビジネスを展開していることを表していると言えます。金融機関がこうした判断をするに当たっては、特に、住宅ローンが銀行の貸出ポートフォリオの中で大きなシェアを占めるようになって以降、本格的な金利上昇局面に直面したことがない点などに、留意しておく必要があろうかと思います。もちろん、厳しい競争に晒されている融資の現場の実情を十分に踏まえることや、住宅ローンを契機とする顧客との様々な取引を通じた採算性をトータルで考えること自体は理解できるところですが、リスクやコストに概ね見合った金利設定を図っていくことは、金融機関経営にとって大きな課題のひとつと考えられます。
中小企業に対する金融サービスの提供
最後に、家計と並ぶ代表的なリテール顧客である中小企業に対する金融サービスの提供について、申し述べたいと思います。中小企業金融に関しては、貸し手である金融機関と借り手である中小企業との間で緊密な取引関係を長く維持することにより企業に関する情報の不足を解消し、円滑な資金融通を図ることの必要性が久しく唱えられているところです。もっとも、最近になって金融機関の貸出姿勢の、過度の慎重化を指摘する声が再び高まりを見せていることからも、実際には金融機関と中小企業との関係において、こうした緊密な取引関係の構築が十分には進んでいない様子が窺われます。しかしながら、緊密で長期的に維持可能な取引関係を結ぶという原点に立って、このところの企業金融を巡る大きな環境変化を踏まえて、借り手サイドの事情を冷静かつ丹念に分析し、それに沿って必要な対応を考え、可能なことから行動に移していくことは重要だと考えています。
金融機関が貸出先企業の経営状態の変化等に応じて、きめ細かなリスク管理を行うよう努めることは、単に、その金融機関の経営の安定のみならず、金融システム全体としての安定を維持し、円滑な経済活動を持続的に支えていくうえで重要です。現状、わが国の景気が停滞色を強める中にあって、貸出先企業の信用リスクが全体として高まる傾向にあります。この点を踏まえ、金融機関はより厳格な融資条件の適用を企業に対して求めると同時に、信用リスクの高まりに応じた引当金の積み増しを行い、結果として資本との兼ね合いで見た貸出余力が低下している状況にあるものと考えられます。こうした、その局面における個々の金融機関レベルのリスク管理としては合理的とみられる行動が全体として重なった際に、景気の振幅を大きくする方向に作用してしまうリスク、これがいわゆる金融システムにおける「プロシクリカリティ」の問題です。この問題は現在、国際的にも重要な検討課題のひとつとして意識されています。このプロシクリカリティの問題は、個々の金融機関レベルで解決することは難しく、むしろ、各国の監督当局や中央銀行が中心となって、その抑制に必要な監督やマクロ経済政策のあり方などについて、議論を重ね解決していくべき問題と考えられており、実際、国際的に様々な議論が行われているところです。
その一方で、個々の金融機関における対応の中にも、改善を図る余地がないかどうか、真剣に検討していく必要があろうかと思います。例えば、金融機関がリスク管理を行うに際して、貸出先企業の個別性に配慮することなく融資基準を硬直的に運用したり、特定の業界をひと纏めにして画一的に信用力を判断したりすることがあるとすれば、適切な対応とは言い難いでしょう。あくまでも、個々の貸出先企業の経営実態や特性、将来性を綿密に把握し、景気サイクルも踏まえた中長期的な視点に立ったリスク管理や企業再生支援を行っていくことが大切だと思います。また、リスク管理において、貸出残高の増減という量的な面での調整だけではなく、金利面での調整機能を十分に活用するよう努めていくことも、検討の余地があろうかと思います。更には、既に多くの金融機関で試みられているように、取引先企業との間において、単なる運用・調達面での金融サービスを提供するに止まらず、ネットワーキング機会の創出といった、取引先企業の中長期的な収益性の向上に資するような多角的なサポートを提供する努力を継続していくことも大事なことでしょう。こうした形で、貸出先企業に関する情報が不足しがちな中小企業金融のエリアで、自らの情報生産能力を高めることにより「フレキシブルな金融サービス」を提供する取り組みを継続することが、取引先企業のためばかりでなく、長い眼で見た金融機関自身の収益性の向上にも繋がっていくものと考えています。
3.おわりに
本日は、「中央銀行の視点からみたリテール金融」ということで、主としてマクロ的な側面から、リテール金融の重要性や、わが国におけるリテール金融の特徴といった点についてお話ししました。私から「課題」といった形で幾つか申し上げたことはいずれも、実際に実務レベルに落とし込み実行に移していくに当たっては、並々ならぬ努力が必要であろうかと思います。また、このような難しさの中で、既に皆さま方の中にはこうした方向での地道な努力を始め、継続されている方も数多くおられると考えています。わが国金融機関には、是非そうした地道な努力を通じて、リテール部門の顧客基盤をより強固なものとすると同時に、この部門の収益性の改善を図り、金融機関経営の安定に繋げて頂きたいと思います。日本銀行としても、考査やオフサイト・モニタリングにおける対話のほか、金融高度化センターの活動、金融システムレポートやリスク管理に関するワーキング・ペーパー等の公表を通じて、可能な限り金融機関の前向きな取り組みをサポートして参りたいと考えています。
ご清聴ありがとうございました。
以上