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【挨拶】「最近の金融経済情勢について」
香川県金融経済懇談会における挨拶要旨
日本銀行政策委員会審議委員 亀崎英敏
2008年12月25日
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- 英訳は、英語版ホームページをご覧下さい。
目次
1.はじめに
日本銀行の亀崎でございます。本日はお忙しい中、真鍋知事並びに香川県の経済界を代表される方々にお集まり頂き誠にありがとうございます。また、日頃から日本銀行高松支店が様々な面で大変お世話になっております。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。
私は、昨年4月まで41年間、総合商社に勤務し、主として地域戦略ならびに200を超える海外拠点の運営管理を担当して参りました。その後、日本銀行の審議委員に就任して1年半余りになります。日本銀行では、総裁・副総裁と審議委員から構成されるボードメンバーが、各地の経済界の方々と金融経済情勢について意見交換をさせて頂く目的で、懇談会を開催しております。本日は、まず私から、現在および先行きの金融経済情勢についてお話させて頂き、その後、皆様方から当地の情勢や日本銀行の金融政策運営等についてのご意見をお伺いし、しっかり勉強させて頂きたいと考えております。
2.海外経済の動向
世界経済は、金融危機の影響が実体経済に波及してきており、このところ急激に減速してきています。IMFの11月見通しによると、2008年は3.7%、2009年は2.2%の成長と、急減速を予想しています。特に2009年は、先進国はマイナス成長となり、新興国だけで世界経済の成長を支えるかたちとなっています。1970年代初頭以来の約30年間は、平均すれば毎年3~4%程度の伸び率で成長した後、この数年間は5%程度に伸びを高めておりましただけに、ここにきて様相が一変してしまいました(図表1−1、1−2)。
国や地域別にみると、まず米国は、昨年12月以降、景気後退局面に入っていますが、1年経った現在でも、公表される景気指標の多くが1980年代や1970年代以来の大幅悪化を示しています。特に、今回の景気後退のきっかけとなった一昨年来の住宅市場の調整は、足もとでも価格下落が続き、着工や販売は前年比4割もの大幅な落ち込みとなるなど、歯止めがかかっておりません(図表2)。これを受けて、住宅を担保とした融資や、関連証券化商品に投資していた金融機関の経営は大きく悪化して経済へ資金を流す機能が低下し、景気悪化に拍車がかかっています(図表3)。そのため、幅広い業種で雇用削減の動きが強まり、個人消費は減少しています(図表4、5)。
欧州でも、景気は悪化しています(前掲図表1−2)。今年の初めあたりから、住宅価格下落の影響等を受けたスペインやアイルランド、イタリアなどの減速が始まっていましたが、その後は、英国、ドイツ、フランスといった域内経済の牽引役を担ってきた各国も、夏場頃より設備投資や輸出を中心に減速し、現在では大きく悪化しています。
中国については、7-9月の実質GDPが、これまでの前年比2桁台から大きく減速したほか、足もとでも輸出が前年比マイナスとなり、生産の伸びも大幅に鈍化するなど、景気は減速感が明確化しています(前掲図表1−2)。インドおよび他のアジア諸国でも、内需、外需とも減速しています。中東やロシア、東欧諸国など、これまでの資源高や、米欧金融機関からの資金流入で高成長を続けていた国では、資源価格の急落や金融危機の影響で実体経済が大きく揺らいでおり、中にはIMFなどからの支援が必要となっている国もあります。このように、現在は世界中の国の経済に、暗雲が拡がっている状況です。
今後の世界経済は、米国、欧州ともに悪化が続き、新興国も減速が続く可能性が高いと思われます。特に目先については、金融危機の強い下押し圧力が経済にかかるため、各地域とも悪化、減速のテンポが速まるとみられます。
3.日本経済の動向
3−1.実体経済の動向
こうした中、日本の景気も悪化しています。まず輸出については、11月の名目ベースの前年比が-26.7%と、1985年の円高不況時以上の落ち込みとなり、1964年1月の統計開始以来のマイナス幅となりました。地域別には、米国向けは昨年秋から減少が始まっていましたが、今年夏場頃から欧州向けが、10月にはアジア向けが、それぞれ減少に転じました(図表6)。名目金額ベースで日本の輸出の約半分を占める、中国を含むアジア向けは、日本景気の生命線とも言えますが、10月から11月にかけて、NIEs向け、中国向け、ASEAN向けとも揃ってマイナスに転じています。この結果、主要な国・地域向けが全て前年比マイナスとなり、今後の動向が非常に懸念されます。また、輸出の減少を主因に生産も大幅に減少しています(図表7)。企業収益は、昨年度まで数年間、既往最高益を更新してきましたが、既往の原材料価格高等や景気悪化を受けて減少を続けており、企業の業況感も悪化しています(図表8)。こうしたもとで、設備投資については、新規受注のストップ、既存受注のキャンセルや、年度計画の相次ぐ下方修正の話などが増えており、減少しています(図表9)。
雇用・所得面をみると、輸出や生産の弱さを受けて労働需給は緩和し始めており、雇用者数は横這いとなっています。特に製造業関連では、パートや期間工を削減するとの報道が増えており、雇用情勢が急速に厳しさを増してきました。賃金も、企業収益が減少見通しにある中、前年比ゼロ近傍となっております(図表10)。こうしたもとで、個人消費も、衣類など不要不急の商品の購入を控える動きから、弱まっています。個人消費は、これまで比較的振幅の少ない動きを示してきたため、今局面でも大きな落ち込みの回避が期待されますが、当面、雇用・所得環境が厳しさを増すもとで、引き続き弱まっていく可能性が高く、予断を許しません。
3−2.物価動向
次に、物価面をみてみます。国際商品市況はここ数年、エネルギーや鉱物資源、穀物などの価格が、新興国を中心とする世界需要の増加や、輸送などインフラ整備の遅れによるボトルネック、投機資金の流入などから高騰してきましたが、夏場以降は急落しています。これを受け、わが国の消費者物価(CPI)の上昇率も、大きく高まった後、低下に転じました(図表11)。先行きも、景気の悪化もあり、CPI上昇率は低下していくとみられますが、足もとでも、既往の仕入価格上昇分を販売価格に転嫁できなかった品目の値上げは続いています。そのため、CPI(除く生鮮食品)を構成する521品目の中では、上昇品目数が下落品目数を上回るという2006年8月以降の傾向が一貫して続き、直近10月にはその差が+167と今局面の最高となりました。これがCPI(除く生鮮食品)の全品目数に占める比率は、足もとでは30%強にまで上がってきています(図表12)。また、食料やエネルギー以外でも上昇品目数は増え続けており、物価上昇には広がりがあります。個々の品目はウエイトが小さく全体の押し上げ効果は限界的ですが、今後も目配りが必要と考えています。
4.金融危機について
4−1.危機の根源
次に、現在の金融経済情勢を理解する上で、避けては通れない金融危機について、私なりの理解を申し上げたいと思います。以下については、図表13をご覧頂きながら、お話したいと思います。米国における信用度の低い借り手向けの、いわゆる「サブプライム住宅ローン」問題は2006年頃に発生しましたが、これによる金融市場の混乱は昨年夏以降、本格化しました。混乱の根源は、金融機関が、(1)緩い貸出基準のもとで過剰な住宅ローン融資を行なったこと、また(2)その融資の大部分を証券化し、転売したことにあると思います(図表14)。この2つは表裏一体の関係とも言えます。金融機関は、自ら設立した投資ヴィークル(SIV)に住宅ローン債権を移し、そこが証券化商品を発行・販売することで、リスクとリターンとを投資家に移転する一方、その手数料を得ます。こうすれば、自らの財務の健全性を保ち、自己資本比率規制などを回避しながら、安定的な収益が得られます。ただ、手数料だけではそれほど利益が出ないことから融資規模を拡大し、多数の証券化を手掛ける必要がありました。こうしたビジネスモデルのもとで、貸出基準に緩みが生じ、過剰な住宅ローン融資が行われたと考えられます。
また、金融機関は証券化の手法を用いて見ず知らずの投資家にリスクを移転した結果、融資先のリスク管理が甘くなった可能性もあります。また、投資家は、原資産であるローンの質がどうかということからは関心が薄れた、また関心はあっても複雑すぎて確認しようのない状態であったと考えられます。このように、各当事者のリスク意識が希薄化する中で、「サブプライム住宅ローン」という損失リスクの高い資産も、表面上は投資に値する商品として広く投資家に流通していきました。
4−2.金融危機の発生
金融危機の発端は、米国住宅価格の下落です。2006年半ばに、高騰していた住宅価格が下落に転じると、一部の住宅ローンが担保割れし始めました。米国の住宅ローンは、個人の信用ではなく住宅の価値と紐付いているものが多く、担保割れすると融資の回収不能リスクが高まります。すると、それを担保とした証券化商品の損失リスクも高まり、価格が下がります。こうなると、実際の損失発生の有無にかかわらず、時価評価を行う投資家には損失が発生します。損失処理のための売りが売りを呼んで価格は大きく下がりました。
最初の危機は、先述のSIVから発生しました。欧州のあるSIVが、保有する住宅関連資産の時価を評価できなくなったことから経営不安となり、資金繰りが逼迫して活動停止に追い込まれたのです。これを契機に、他のSIVや、その資金調達を支援していた金融機関の資金繰り困難化、各種の金融市場の混乱に繋がりました。これが、昨年8月9日のパリバショックです。その後ほどなく、米国をはじめ世界中の金融機関に問題が拡がりました。証券化によるリスク分散は、大きなリスクを一部に集中させないことが利点ですが、リスクは分散しても消えずに残っていることも、また事実であります。皆が限度を越えてリスクを移転しあった結果、皆が大きなリスクを背負うことになっていた、と言えます。
このように、危機は資金繰りの困難化の問題から始まったため、各国中央銀行が大量に資金供給することで、市場の鎮静化を図りました。昨年12月には、FRBが欧州中央銀行(ECB)、スイス国民銀行(SNB)とスワップ取極を結んで、欧州でのドル資金供給も始めました。
流動性危機は収まっても、米国の住宅価格と、関連する証券化商品の価格の下落が止まらない限り、金融機関の資産は劣化するため、問題の根本解決にはなりません。そこで、次に金融機関の不良債権と資本不足の問題に焦点が当たりました。当初は中東をはじめとする各国の政府系基金(SWF)などが出資に応じました(注)が、株価の下落もあって次第に出資の引き受け手が減ってきます(図表15)。今年1月18日には、証券化商品を保証していたモノライン会社が資本調達難から格下げされ、証券化商品全体の価格下落に拍車をかけました。3月14日には、証券化商品を大量保有していた投資銀行のベア・スターンズが資本調達の失敗から資金繰りに行き詰まり、FRBの資金支援のもと、JPモルガン・チェースに買収されました。7月13日には、GSEsと呼ばれる政府の住宅政策の一翼を担っていた金融機関が経営危機に陥ったため、政府の資本注入などで経営再建を図ることとなりました。9月15日には、証券化商品により大きな損失を抱えていた投資銀行のリーマン・ブラザーズが、資本調達にも身売りにも失敗し、経営不安に陥りました。このときは、FRBや財務省も間に立って買収先を探したと報じられていますが、結局みつからずに破綻しました。
- (注)例えば、シンガポールのテマセクはメリルリンチに、中国投資有限責任公司はモルガン・スタンレーに、アブダビ投資庁やシンガポール政府投資公社はシティバンクに出資しました。
4−3.金融危機の拡大
リーマン・ブラザーズのように大きな金融機関が破綻したことは、世界の金融市場を極度の不安に陥れました。金融市場では、資金余剰の先はリスクがあれば運用しない、資金不足の先は担保があっても資金が得られない、という状態となりました。ここで再び、中央銀行の大量資金供給が始まりました。この時点では、ほぼ中央銀行のみが資金供給に応じるという状況でした。日本銀行も、連日数兆円の資金を市場に供給しました。特にドル資金の不足は世界に広がったため、FRBは9月18日から24日にかけて、日本銀行のほか、イングランド銀行(BOE)、カナダ銀行、オーストラリア準備銀行など、合計9か国にスワップ網を広げ、各国同時にドル資金供給を行う仕組みを開始しました。うち、本行とBOE、ECB、SNBは、その後、事前に決めた金利で、担保の範囲内で必要なだけドルを供給する方式に変更しました。このほか、10月29日には、FRBはメキシコや韓国の中央銀行などともスワップ取極を結んでいます(図表16)。一方、巨大金融機関の破綻がもたらす影響を懸念した米国政府は、その後は金融機関を破綻させない方向に舵を切ったとみられ、例えば、FRBは9月16日、米国の大手保険会社AIGに対して緊急融資を行うなどしています。
こうして市場の不安心理は僅かながらも解消に向かいますが、金融機関の不良債権と資本不足の問題は解決しません。そこで、米国財務省は最大7千億ドルを投入して、幅広く金融機関の不良債権を買い取る「緊急経済安定化法案」を議会に提出しましたが、個別企業を税金で救済することの是非が問われ、9月29日に否決されます。このことは、金融市場に再び大きなショックを与えました。これをみて、議会は10月3日、この法案を多少修正した上で認めました(図表17)。但し、議会通過後、財務省は、法案が採り得る施策の自由度が高いことを利用して、この資金を不良債権の購入ではなく、金融機関への資本注入に充てることとしました。このほか、預金保険公社のFDICは、金融機関の発行する社債の保証や、預金保護の上限引き上げ策、FRBは短期の企業債務であるCPの買入、SECは空売り禁止策など、様々な施策を打ち出しました。
この間、欧州各国も、米国におけるリーマン破綻や緊急経済安定化法案の議会否決によるショックをみて、預金の全額保護や金融機関の国有化・資本注入、短期債務保証など、様々な施策を迅速に打ち出しました(前掲図表17)。また、金融グローバル化のもとで、問題解決に向けた国際協調も行われています。例えば、10月8日に各国中銀が一斉に利下げを行ったほか、同10日のG7財務大臣・中央銀行総裁会議が、金融市場安定化に向けた「行動計画」(図表18)を発表した後に、各国の金融機関救済策が相次いで発表されました。また、11月15日の金融サミットや、同22日のAPEC首脳会議など、ことあるごとに協調姿勢を示す声明文が公表されています(図表19、20)。
4−4.金融危機の実体経済への波及
このように金融機関が弱って融資能力が低下してくると、実体経済への影響が深刻化します。特にアイスランド、ハンガリー、南アフリカなど、経済が米欧金融機関からの借入に過度に依存していた国では経済危機に陥り、IMFなどからの緊急融資を頼ることとなっています。その他の国でも、金融機関が、リスクのある融資に慎重となっています。こうしたことが景気を冷やし、それが金融機関の不良債権の増加に繋がり、また融資姿勢の慎重化に繋がる、という悪循環に陥っています。このような金融と実体経済の負の連鎖が、現在、世界で最も懸念されている問題と言えます。そのため、金融機関の不良債権処理策と、景気刺激策が望まれます。大規模な景気刺激策は、中国のほか、欧州各国も手を打ち始めていますが、米国では、自動車大手の最終的な救済方法が不透明であるほか、大統領の交代期で有効な政策が打ち出しにくい状況のようです(図表21)。オバマ新大統領就任後の施策が、注目されています。
5.日本銀行の取り組み
次に、世界の金融危機が日本へ波及し、景気が悪化する中で、日本銀行がこれまでに採ってきた施策について、まとめてお話したいと思います。以下では、図表22をご覧頂きながらお話したいと思います。まず、先に述べたとおり、リーマン破綻の直後の9月16日以降、大量の即日資金供給オペを機動的に実施したほか、18日には米ドル資金供給オペを導入し、各国の中央銀行と協調しながら、日本市場において潤沢なドル資金の供給を開始しました。国内でのドル資金の供給は、日本銀行始まって以来初の施策です。当初は、入札方式による供給でしたが、10月14日には担保の範囲内で限度を設けず、必要なだけ供給する仕組みに変更しました。足もとの供給残高は10兆円程度となっています(前掲図表16)。
また、10月14日には、企業金融の円滑化に向けて、企業が発行するCPの買現先オペ、すなわち売戻条件付きでの買い入れをより積極的に行うことも発表しました。実際、足もとでは頻度と金額を大幅に引き上げて実施しています。
10月31日には、無担保コール・オーバーナイト物金利の誘導目標を0.2%引き下げ、0.3%としました。また、積極的な円資金供給をより円滑に行い得るように、補完当座預金制度という制度を導入しました(図表23)。これは、金融機関が日本銀行へ預ける当座預金について、法律で必要とされる以上の額については金利を付けるという制度です。これにより、市場金利が日本銀行の誘導目標を大きく下回ることを避けながら、大量の資金供給が可能となりました。こういった制度も活用しながら、年末越えの資金供給を、昨年以上の頻度と金額で実施しています。
12月2日には、年末、年度末に向けた企業金融の円滑化に資する観点から、来年4月末までの時限措置として、一段と踏み込んだ措置を決定しました。一つ目は、金融機関が日本銀行から資金を借入れる際の適格担保として、民間企業債務である社債と企業向け証書貸付債権の格付けについて、これまでのシングルA格相当以上からBBB格相当以上に緩和する措置で、12月9日より実施しています。二つ目は、民間企業債務を活用した、「企業金融支援特別オペレーション」で、来年1月8日より実施します。このオペでは、金融機関は日本銀行に差し入れた民間企業債務の担保の範囲内で、市場より低い金利で、金額に制限なく年度末越え資金の調達が可能となります。これにより、資金調達面とコストの面から、金融機関の融資活動や社債・CP市場での取引を後押しする効果を狙っています。
先週12月19日には、無担保コール・オーバーナイト物金利の誘導目標を、さらに0.2%引き下げ、0.1%としました。また、潤沢な資金供給を一層円滑に行うため、長期国債の買入れ額を、毎月1.2兆円から1.4兆円に引き上げました。さらには、CP買入れを含めた企業金融面での追加措置の導入の検討を進めています。中央銀行が民間企業の信用リスクまで負担するのは異例中の異例のことですが、英国ブラウン首相が言ったように、「非常時には非常の策」で対応するべきだと考えています。今後とも、日本銀行としては、可能な限りの施策を講じて、金融市場の安定確保に最善を尽くして参る所存です。
6.景気悪化の時こそ、新たなチャンスに向けて
続いては、未来に向けて、日本が元気になるための方策についてお話しようと思います。日本経済は、過去数年間、高めの成長を続けた後、急速に悪化しています。これまでの景気拡大の恩恵を受けたのは、大企業を中心とした世界経済との結び付きが強い企業や大都市圏であり、それ以外の家計や中小・零細企業、地方へは波及しないまま、試練の時を迎えてしまいました。こういうときこそ、民間・公的セクターの双方とも今後の成長戦略を立案・実行していくことが必要です。まさに、日本経済は、更なる成長を実現する力を涵養する時期にあると言えます。その際に鍵となるのは、以下のような点だと考えています。
6−1.一段のグローバル展開
今後、日本の人口減少・少子高齢化が一段と進んでいけば、経済成長率の抑制要因となると思われます。一方、世界全体の経済成長率は概して日本より高いため、日本企業は輸出相手国の分散や海外拠点のグローバル展開により、特定の国の景気変動を回避しつつ、世界全体の高成長を取り込むことで、発展の源泉としてきました。
最近の世界的な株価下落と円高の局面では、むしろグローバル展開を有利に進めることができるため、外需依存型企業のみならず、食品、外食、日用品等の内需依存型企業でも、中長期的な海外の経済成長を自らの成長の源泉とすべく、積極的にM&Aや海外進出を進める動きが目立っています。中小企業でも、輸出やグローバル展開を進める動きは徐々に増えています。こうした環境下、EPA(経済連携協定)、FTA(自由貿易協定)により海外経済との繋がりを一段と強めていくことの重要性は、従来以上に高まっていると思います。ちなみに、世界の国々の中で、二国間もしくは地域間で結ばれた自由貿易協定は200余りに及んでいますが、日本がこれまでに締結したEPAは僅か9件、締結手前の大筋合意に達した先もベトナムとスイスの2件に過ぎず、多くの重要な貿易相手国との間で、協定締結に至っていません。
6−2.対内直接投資
グローバル展開は、製造業でいえば、現地生産に用いる資機材や、産業・建設機械の輸出増加などを通じて国内経済にも恩恵をもたらしますが、これに加え、より直接的に日本への投資を促していくことも大切であると思います。この点、日本への対内直接投資は徐々に増加しているものの、主要国と比べれば、依然として低水準に止まっています(図表24)。一部には、海外投資家からみて、規制が不明確であり、閉鎖的であるとの印象を持たれていることが、ハードルとなっているとの指摘もあります。
日本の対外直接投資は今後も増加していくと思われる中、日本への対内直接投資についても、基本的に受け入れていくことが自然であると思います。こうすることで、日本企業にとっても、外国企業との戦略的な資本提携により国際競争力を高める機会が拡がります。さらに、マクロの景気にとっても、海外を含めて多様な投資家が資本を拠出し、経営に関与することにより、設備投資等が国内要因で大きく変動することを軽減し、内需の頑健性を増すことも期待できるのではないかと思います。
6−3.人材確保、労働生産性向上
日本の人口は、2060年には8千万人にまで落ち込み、現在の6千万人から今後増加すると見込まれる英国を下回るという予測があります。仮に、そうしたペースで人口が減少し、かつ高齢化が進行していった場合には、経済成長や社会の活力が損なわれかねないと思います。現在、日本における移民は約200万人、人口に占める割合にして1.6%に過ぎません(図表25)。一方、これまで長期に亘って持続的に成長してきた米国、ドイツ、英国は、いずれも人口に占める移民の比率が高い(各12.9%、12.3%、9.1%)ことは、認識しておく必要があろうかと思います。これらの国々では、移民増加によって、社会への影響などの面で難しい問題も生じており、国によっては、これまでの寛容な政策からの揺り戻しもみられます。しかし、米欧のみならず新興国も経済力を備えつつある状況下、日本も危機感を持って対応しなければ、国際労働市場において人材の確保は一層難しくなっていくと思われます。この点については、今後、長期的、総合的観点から検討が深まっていくことを期待したいと思います。
併せて、一人当たりの労働生産性を高めていく努力も必要です。そのためには働く人を大切に処遇することが重要です。例えば、人材教育を充実させていく余地は大きいと思います。団塊の世代が大量退職する中、製造業のモノづくりを始め、様々な職場で、技能・ノウハウの伝承が着実に行われていくことも期待されます。さらに、ワークライフ・バランスの実現、非正規社員への教育と正規社員への適切な切り替えなども大事です。また、女性が出産・子育てを経ながらも安心して働いていけるような社会的仕組みも必要です。これらが長期的な競争力を損なってはなりませんが、企業にとっても日本経済にとっても、持続的成長を実現していくうえで人材は基本であり、極力多くの人がやりがいをもって生産性を高めつつ、長く働いていける工夫を凝らしていくことが求められていると思います。
6−4.資源・環境問題への対応
これまでの資源・食料品価格の高騰と下落は、生産国、消費国の双方において、物価や実質所得の大幅変動をもたらし、ひいては社会の安定に与える影響も懸念されます。こうした中、日本にとっても、資源・食料品の安定確保は極めて重要な課題です。今後は、資源であれば鉱山開発、食料品であれば海外の生産現場など、より川上に関与していくことにより調達力を高めるなど、リスクも十分に勘案しながら中長期的な戦略を策定・実行していくことが、公的・民間セクターの双方に求められているように思います。
環境問題への対応も、日本経済は勿論のこと、世界経済が持続的に発展していくうえで不可欠です。とくに、地球規模で進む温暖化の抑制は、今や国際政治の重要テーマとなっています。日本企業は、自ら温暖化ガスの削減に向けて取組むのは勿論のこと、世界の中でも優れた環境・省エネ技術を活かし、海外でも新たなビジネスチャンスを切り開きつつ、この問題の解決に貢献していくことが期待されています。現在の景気悪化局面においても、例えば、工業用水を大幅に節約した液晶工場の建設、発電所の効率化に繋がる蒸気タービン用の耐熱合金、軽量・高強度の自動車用炭素繊維、植物から生成する樹脂、太陽光発電で運航する船舶、電気のみで駆動する自動車や二輪車の開発・実用化など、環境対応ビジネスを挙げれば枚挙に暇がありません。環境は、日本が指導力を発揮でき得る有力分野の一つであり、多くの面での貢献が期待されます。また、こうした取組みが世界全体の資源消費を抑え、資源問題を緩和することにも貢献すると考えられます。
6−5.経済・金融活動の大きな変動の回避:歴史から学ぶ姿勢
経済成長の長期化は、どこかの段階で経済・金融活動に行き過ぎを生じさせ、持続的な成長への脅威となってきます。足もとの金融危機も、良好な世界経済や金融環境が続いたもとで、市場参加者のリスク評価に緩みが生じ、その後、市場で巻き戻しが起きた一例です。こうしたことは、振り返ってみれば当り前に思われますが、歴史をみても、金融上の記憶は比較的短期間に失われてしまいますし、バブルが毎回、同じかたちでないことも、人々が警戒感を抱きにくい要因となっているように思います。
しかし、多くの先人が、過去のバブル生成の背景にあった共通事象として、緩和的な金融環境、相場上昇、強気化、新たな金融商品の開発、金融の天才の出現などを指摘しています。勿論、金融経済は日々変化しており、市場経済の発展、経済のグローバル化などを受け、新たな側面が数多く生じてきていることも事実ですが、他国の例も含めて、歴史から謙虚に学んで足もとの現象の本質を見抜き、金融・経済活動の大きな変動を極力回避していく努力が、企業、金融機関、公的セクターのいずれにも求められています。一方、一たび金融・経済活動の過熱から反動が生じた場合には、早急に金融・経済活動の安定化を図る施策が必要となることも、今回の危機への対応でも認識されたと思います。
7.終わりに
最後になりますが、当地香川県は、豊富な海の幸、そしてオリーブやさぬきうどんに代表される里の幸に恵まれ、また温暖な気候もあって、とても住みやすいと聞きます。また、穏やかな県民性や、奉仕の精神の強さも特長と聞いています。1942年の私どもの当地支店開設に当たっても、旧藩主のご子息、松平頼壽(よりなが)様のご協力を得たそうですし、空襲で焼け出された際には地元銀行様のご協力で翌日から営業を再開できたと聞きます。私どもの高松支店は、こうした名産や風土、皆様のご厚情に包まれ、大変幸せだと思います。
今年は瀬戸大橋開通20周年だそうですが、本州と繋がっても当地の有力企業は地元に残り、独自の輝きを放っていると思います。実際、県内には市場シェアが日本一の企業は29社、世界一の企業は3社も立地していることは、誇るべきことだと思います。また、幕末期に渡米する咸臨丸を操った50人の水夫のうち35人は当地塩飽(しわく)の出身者だったそうですが、こうした新たな世界へのチャレンジを恐れない勇気は、当地の企業家精神にも活きているのではないかと思いますが、いかがでしょうか。こうした心意気が引き継がれて、当地の更なる飛躍に繋がっていって欲しいと思います。
ご清聴頂き、誠にありがとうございました。
以上