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市場リスク集計値に関する日・米・英中央銀行による共同研究報告、および同報告の公表に関するBISユーロ委員会議長のカバーノート

(日本銀行仮訳)

1997年12月3日
国際決済銀行
ユーロカレンシー・スタンディング委員会

日本銀行から

 BISユーロカレンシー・スタンディング委員会(以下ユーロ委員会)は、1996年7月に公表した「グローバルなデリバティブ市場統計の改善に関する提案(通称吉国報告書)」の中で、従来の市場統計では十分に把握できないストレス時における市場の変動を定量的に把握できるような「市場リスク集計値」の計測手法の開発が重要であることを指摘した。これを受けて、昨年7月以降、日・米・英3国の中央銀行が共同研究を進めてきたが、今般、その成果としての研究論文集および研究から得られたインプリケーションを取りまとめた報告書が完成した。ユーロ委員会は、今日までの研究によって市場リスク集計値のデータを収集するための技術的基盤および理由が十分に示されたとはいえないと判断している一方、そうした研究成果を公表することによって、市場全体のリスク状況の把握手法やストレス時の市場機能等に関する今後のさらなる研究が喚起されることを期待している。以上のような観点から、ユーロ委員会は議長のカバーノートとともにこれらの研究成果を発表した。

 報告書では、(1)市場リスク集計値のデータを収集する際に用いることができると考えられるストレステストの手法、(2)フィードバック効果や市場の流動性の影響といったストレス時における市場のダイナミクス、および(3)市場リスク集計値のデータを収集、公表することの効用、といった問題が取り上げられている。報告書は2部構成となっており、第1部は上記の課題についての作業グループにおける検討結果の概観、第2部は個別の課題についてメンバーが執筆した研究論文から構成されている。この報告書で取り上げられた課題は、いずれもストレス時の市場機能ひいては市場の安定性に対する理解を深めるために今後一層研究を深めるべきものと考えられるため、以下、プレス・ステートメント、議長カバーノート(序文)、はじめにおよび要旨、目次を掲載する。

プレス・ステートメント

 BISは本日「市場リスク集計値の計測について」と題した研究論文集からなる報告書を公表する。報告書は中央銀行の研究者グループが、G-10諸国の中央銀行によるユーロ委員会(注)のために作成したものである。そこでは、市場リスクの計測、市場のダイナミクス、市場の流動性、および不安定な環境下における市場の動向を決める際に情報が果たす役割について論じている。報告書は著者たち個人の見解を示したものであるが、ユーロ委員会はこれを公表することにより、市場参加者および学界においてこうした分野における一層の研究が喚起されることを期待している。報告書はBISホームページでアクセス可能である。

 ショックに直面した市場の動向は、長い間、中央銀行にとっての基本的な関心分野であった。近年、投資やリスク管理上のニーズから金融市場取引に依存する市場参加者が増加しており、市場流動性の安定性は一層重要な問題となってきている。市場の流動性に依存する市場参加者としては、例えばダイナミック・ヘッジないしはポートフォリオ・インシュアランスといったダイナミックな取引戦略に携わる仲介業者があげられる。先行研究は、こうした取引戦略が、ときに市場の機能に対して望ましくない影響をもたらし得ることを示している。そうした事態は、市場がダイナミック・ヘッジに基づく取引とファンダメンタルな情報に基づく取引とを区別できない場合に生ずる可能性がある。

 報告書は、このような情報の問題を回避するために、特定のストレス・シナリオ下における大きな市場変動に対するエクポージャーのデータを市場仲介業者から収集し、市場全体について集計、さらにその集計結果を市場参加者に公表することが可能かどうかについて検討を行っている。各研究論文では、データの収集および集計に用いられるストレス・テストの設定方法、および市場リスク集計プロセスにフィードバックおよび流動性の効果を取り込んだフレームワークについて検討した。そうした情報が有用であるか否かは、その正確性や適時性、頻度のみならず、相場が暴落したときに発生する機械的なフィードバック行動がその他の投資家のポジション調整行動と比較して相対的に大きいものかどうかという点に依存する。

 これらの論文が議論された際、ユーロ委員会は市場リスク集計値のデータを収集するための技術的基盤および理由付けを十分に示し得なかったという研究者たちの結論を受け入れた。ただし、その一方で、報告書において取り上げられたストレス時における市場の機能や価格のダイナミクスといった側面について、さらなる研究を奨励することを決定した。報告書で取りあげたこれらの課題をテーマとして取りあげるコンファランスが、イングランド銀行、連邦準備制度、BISとの共催で1998年11月に日本銀行において開催される予定である。

  • (注)BISユーロ委員会はG−10諸国の中央銀行総裁会議下の小委員会であり、ベルギー、カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、オランダ、ルクセンブルグ、スウェーデン、スイス、英国および米国の中央銀行幹部職員で構成されている。現在の議長は日本銀行副総裁の福井俊彦が務めている。同委員会はBIS事務局のサポートを得て運営されている

市場リスク集計値の計測について
中央銀行の研究者のグループが共同で行った予備的分析

序文

 本書は、幾つかの中央銀行の研究者たちの共同作業によって作成された論文から構成されている。これらの論文は、市場リスクの計測、市場のダイナミクス、市場の流動性、不安定な環境における市場の状態を決定するに当たって情報が果たす役割について論じている。ユーロ委員会は、この研究が市場参加者や学界を含めたより広範囲の読者層にとっても興味あるものと考えており、これらの論文を発表するにことによりこうした分野における一層の研究が喚起されることを期待している。ただし、論文で示されている見解は著者個人に帰するものであり、必ずしも彼らの所属する中央銀行やユーロ委員会の見解ではない。

 1996年7月、BISは、日本銀行の吉国真一氏を議長とするユーロ委員会のワーキング・グループの報告書を発表した。この報告書では、グローバルなデリバティブ市場における活動に関する報告体制を設立することが提案された。この報告体制は1998年から実施されることになっている。同報告書では、派生商品のポジションに関するデータは、デリバティブ市場の規模および構造が時間とともにどのように変化したかを把握するために不可欠ではあるが、価格ショックが生じたときに市場全体のポートフォリオ価値や市場の状態がどのように変化するかという点に関しては限定的な情報しか与えないという認識が示された。ショックに直面した市場の挙動は、長い間、中央銀行にとっての本源的関心事項であり、かつ責任を有する分野であった。

 1997年5月に当委員会においてこれらの論文が議論された際、当委員会は、この研究によって市場リスク集計値のデータを収集するための技術的基盤および理由付けを必ずしも十分に示し得なかったという研究者たちの結論を受け入れた。しかしながら、当委員会はこれらの論文の中で扱われているその他の側面、すなわち市場の挙動について継続的な研究を奨励することを決定した。とくに、ストレス的状況における市場の機能と価格ダイナミクスに関する研究は、当委員会の使命である金融市場の潜在的な不安定性の源泉をモニターするためにも役立つと考えられるので、今後とも本分野での研究を奨励し、成果について吟味していく方針である。

福井 俊彦
ユーロ委員会議長
日本銀行副総裁

はじめにおよび要旨

 本書を構成する論文は、ユーロ委員会のワーキング・グループが1996年7月に発表した「グローバルなデリバティブ市場統計の改善に関する提案」(通称吉国報告書)において今後の検討課題とされた、市場リスク集計値の計測に関する問題について連邦準備制度、日本銀行、イングランド銀行が行った共同研究の成果をまとめたものである。ここでは、ストレスシナリオに対するエクスポージャーのデータを市場仲介業者から収集すること、さらにそれらを市場全体について集計することが可能か否か、もしくは行われるべきかどうかという点について検討された。

 検討の過程では、以下の問題が取り上げられた。

  1. (a)市場リスク集計値のデータを収集する際に用いることができると考えられるストレステストを行うための手法の構築
  2. (b)市場のストレス時におけるダイナミックな影響に関する幅広い観点からの問題、とくにフィードバックと市場の流動性の影響
  3. (c)市場リスク集計値のデータを収集、公表することの効用

 ストレステストを行うための手法が重要な問題であるのは、極端なシナリオ下におけるもっともらしい企業の利益および損失を集計するには、そうした利益および損失を人工的に発生させる方法論を開発する必要があるためである。バリュー・アット・リスクの手法は、多くの大手企業によって開発されつつあるが、そこで計算される値は(一定の前提の下での)エクスポージャーの大きさのみを示し、それが利益なのか損失なのかを示すものではない。

 幾つかの論文は、市場における仲介業者の全勘定に適用可能なストレスシナリオを作成する際に、主成分分析が利用可能であるかどうかについて検討している。そこでの結論は、ストレステスト手法を開発する上で主成分分析を用いることができるかもしれないが、統計的な次元の縮小に関する問題──次元縮小によってポートフォリオに内在するリスクが見落とされる可能性──が存在するというものであった。

 検討においては、金融資産の保有者が、例えばダイナミック・ヘッジ戦略を採用していることにより、彼らの望むポートフォリオ構成が変わることに伴って、市場価格の変動に対して反応する可能性が考慮された。フィードバック・トレーディングおよび流動性の影響をリスク集計値の計測プロセスに取り込むための枠組みについても検討された。特定のストレスシナリオに対するフィードバック・トレーディングとそれが市場の流動性に及ぼす影響を取り込んだモデルを構築するためには、市場参加者のタイプを類型化する必要があるが、ここではまだ開発途上にある技術が用いられた。

 市場リスク集計値に関する情報が有益か否かは、市場のストレス時においてそれが市場の機能を向上させるか否かにかかっているといえ、情報の正確性、適時性、および頻度と同時に、市場の崩壊時に機械的に発生するフィードバック・トレーディングの規模が投資家のポジション変更の規模に比べて大きいか小さいかによって決まるといえる。仮に中央銀行がシナリオ作成および結果公表の役割を担う場合、シグナリング効果およびモラルハザードに伴う歪みを惹起する可能性があることが指摘された。

 グループの研究成果に対する全般的評価は以下のように要約される。まず第一に、この研究によって市場リスク集計値のデータを収集するための技術的基盤および理由付けを必ずしも十分には示し得なかった。機関投資家が所有する資産および取引量が占める割合の大きさを考えると、中核的仲介業者のポートフォリオから得られるデータが、ショック直後の市場のダイナミクスに関して十分な情報をもたらすかどうかは明らかでない。新しい情報システム技術の導入に伴い、有益な市場集計情報を作成するための負担は間違いなく低下すると考えられるものの、そうした情報を作成するコストについては、それがもたらす効用との比較において評価されるべきであろう。第二に、今回の研究によって市場の機能におけるディーラーおよびそれ以外の参加者が果たす役割の重要性が明らかにされたこと、さらにストレス時における市場のダイナミクス、市場の流動性および市場の機能について、今後とも研究を深めることが有益であること、について合意が得られた。

 本書は2部構成となっている。第1部では、市場リスク集計値の計測手法を開発するための作業を行う中で採用された考え方について概観する。概観においては、一つの概念的な枠組みの中で、プロジェクトのために書かれた個々の論文を整理する。第2部は、このプロジェクトのために作成された論文から構成される(訳注)

(訳注)

紙面の都合上、個別の論文は割愛している。報告書に掲載されている個別論文は以下の通り。個別論文をご希望の方は、日本銀行金融研究所宛てご連絡下さい(E-mail:jun.muranaga@boj.or.jp)。

  • Generating Market Risk Scenarios Using Pricipal Components Analysis: Methodological and Practical Consideration, Mico Loretan, Federal Reserve Board
  • Term Structure and Volatility Shocks, Anthony P. Rodrigues, Federal Reserve Bank of New York
  • Approximation of Changes in Option Values and Hedge Ratios: How Large Are the Errors, Auturo Estrella and John Kambhu, Federal Reserve Bank of New York
  • Information Systems for Risk Management, Michael Gibson, Federal Reserve Board
  • Residual Risk Factors, Portfolio Composition and Risk Measurement, John Kambhu and Anthony P. Rodrigues, Federal Reserve Bank of New York
  • Liquidity Risk and Positive Feedback, Matt Pritsker, Federal Reserve Board
  • Dynamic Macro Stress Exercise Including Feedback Effect, Tokiko Shimizu, Bank of Japan
  • Measurement of Liquidity Risk in the Context of Market Risk Calculation, Jun Muranaga and Makoto Ohsawa, Bank of Japan
  • Information Collection and Disclosure, M. Matthew Adachi, Bank of Japan and Patricia Jackson, Bank of England

目次

  • 序文
  • はじめにおよび要旨
  • 第1部 概観
    • I. 目標および目的
    • II. リサーチ・アジェンダ
    • III. 次元縮小とシナリオの特定
    • IV. 正確性と計算負担のトレードオフ
    • V. フィードバック、市場の流動性、情報の役割
    • VI. 結び
  • 第2部 個別論文(省略)