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(金融機関及びノンバンクにかかる)倒産手続とその下での金融取引の履行*

2002年 9月
国際的な金融システムの法的基盤に
関するコンタクト・グループ

日本銀行から

  • 本レポートは、2000年夏、イタリア中銀のイニシアチブの下、G10D(G10財務相・中央銀行総裁代理者会議)の依頼に受け発足した国際的な金融システムの法的基盤に関するコンタクト・グループが、各国の倒産法制を調査する目的で取り纏めたものであり、9月に最終版が確定。今般公表の運びとなった。なお、 本レポートはその性格上、G10財務相・中央銀行総裁の承認を受けるといった性質のものではなく、レポートで示された分析や結論はG10の見解を表したものではない。

以下には「エグゼクティブ・サマリー」を掲載しています。
レポートの原文は、BISホームページより入手できます。

エグゼクティブ・サマリー
(金融機関及びノンバンクにかかる)倒産手続とその下での金融取引の履行

(日本銀行仮訳)

昨今の、エンロン、LTCM、LTCB破綻等、金融システムに対するストレスの事例が示すように、広範な金融業務を行う問題企業や支払不能企業を処理するにあたっては、迅速、効率かつ公平に行う手段を整備することが重要である。しかし、これは、かつてないほど規模が大きく且つ複雑になった金融機関や広範な金融業務を行う非金融機関のグローバルな営業展開が進む中で、一層困難なものとなっている。めまぐるしく進化する環境下での倒産と、手続に時間がかかり素早く対応しきれない倒産法制との間に齟齬が生まれており、こうした状況をもはや放置しておけない。金融機関やその他の金融市場参加者は、システミックリスクやモラルハザードを抑制し、セーフティネットの存在から生じる歪みを減少するための効果的な処理方法を必要としている。

本レポートは、経済、金融および法制度が十分に確立した国々における倒産法制(特に金融機関と広範な金融業務を行う非金融機関について)の制度の狙いと運用実態について調査を行ったものであり、コンタクト・グループによって取り纏められた。本レポートは、(1)金融機関や広範な金融業務を行う非金融機関に関する倒産手続、(2)これらの倒産手続の下での金融取引の扱いについての2つの包括的なサーベイが基となっている。金融取引に関する契約には、一括清算条項や相殺条項、決済システムにおける支払完了性(ファイナリティー)に関するルールや担保に関する取り決め等が含まれる。

本レポートはその性格上、最終的なものではなく今後改良・発展するものである。金融市場や倒産手続における広範なトレンドを考慮し、今後の展望や更なる調査を行うべき点を示そうとするものである。よって、ここでは具体的な政策提言を行っているわけではなく、公的部門、実務家、学者等による更なる分析・リサーチの必要があると考えている。

分析の枠組み

倒産に代わる処理方法や私的整理をどう評価し比較すれば良いのか。本ペーパーでは、倒産手続の枠組みが何を最終的な狙いとしているかということを評価基準としている。その基準とは(1)法律面・金融面での不確実性の減少、(2)効率性の促進、(3)公正かつ公平な扱い、の三点である。法的不確実性の減少は、市場参加者が、金融取引の結果得ることの出来る利益の算出を容易にし、自身のリスク許容度に応じた選択を行うことを可能にする。効率性の増進は、経営者、債権者、株主、その他倒産手続に関わる主体のインセンティブの調整のほか、効果的なモラルハザード抑制手法を工夫することを含んでいる。公正かつ公平な扱いは、債務者と債権者の間あるいは債権者間の負担に関するコンセンサスに、倒産手続上のルールや配当優先順位という形で反映されるものである。

これらの3つの目的は互いに補完的である。例えば、効率性や公平性を評価するためには一定の法的確実性が確保されている必要がある。同様に、企業を清算する際、債務者や債権者が認識する債権の優先度が事前に決められていることで、ある程度の公平性を確保出来るだけでなく、各順位の債権者が一貫性のある扱いを受けることを期待し、また企業の清算時に期待通りに扱われるという意味において効率性や法的確実性をも向上させる。法的確実性、効率性、一定の公平性は、流動性リスク、システミックリスクを軽減し、そのことによって市場の混乱や大規模な損失の発生のリスクを低下させることに貢献する。

しかし、これら3つの目的の間に相反が生じる可能性もある。例えば、一括清算に関する法的確実性は、倒産手続の一部を迅速化し、より効率的にする可能性がある一方で、債権者間の実質的な優先順位を変化させ、債権者間の公平性を損う可能性がある。

3つの目的の間に生じ得る相反を緩和し、これら3つの目的を全て達成するには、倒産企業の資産価値を最大化することが考えられる。企業の資産価値を全額実現することは効率性と結びついている。なぜならば、債権者は債権の優先順位に基づいて配当を受けるわけであるから、資産の残存価値が高ければ高いほど債権者がロスを被る可能性は低くなり、また一部の債権者にとっては、弁済額が増えることもある。迅速かつ取引・管理コストが低い倒産処理手法は、大抵の場合、倒産企業の残存資産価値を維持し、決済システムあるいは主要金融市場を通じて悪影響が第三者への波及する効果を抑制するのに効果的である。よって、市場の失敗がないという前提の下では、問題企業の価値を最大化することは金融機関の倒産が与えるストレスによって社会が被る損失を最小化することにつながる。

主な結論

このような考え方に沿って分析を行った結果、本レポートで得た主な結論は以下の通りである。

  1. 迅速かつ市場原理に基づいた倒産の仕組みは先進金融市場の市場参加者のニーズをより満たすものと考えられる。こうした仕組、例えば、入札、簡便な資産売却の利用は、問題企業に特有な要素、つまり当該問題企業が自らの活動を行うためだけに特化され、第三者に対する売却が困難になっている資産を、価格付けないし売却が十分に出来る市場が存在することが前提となっている。そうした市場は、債権者が資産価格と最終的な回収額をより正確に試算することを可能にする点で有用である。市場原理に基づいた仕組は効率性を向上させ、分配可能となる倒産企業の資産を増加させる。この事は、処理を迅速化し、より市場原理に基づくよう倒産法制の改革を行うことで、公平性を害することはない、ということを示している。即ち現行制度の下での債権者および株主が得られる配分を下回ることはないような改革が可能ということである。
  2. 倒産処理における迅速性は、参加者間でリスクおよび流動性を移転し合っている金融市場におけるエクスポージャーにおいて、特に重要である。市場では、危機が生じた際、それが他の市場参加者へ波及し、金融システム全体に広がる可能性が生じる。金融機関やその他の金融業務を行う企業は、流動性やリスクを管理するために伝統的なあるいは革新的な金融商品に非常に依存している。それは、主要な金融市場あるいは決済システムにおける日々の取引量に表れている。こうした金融商品への依存度の高さゆえに法的確実性が増々必要になってきている。これに応じて、国内レベルでの立法措置により、正確な支払完了(ファイナリティー)ルール、一括清算条項、相殺条項、担保契約や金融取引を正式な倒産手続の適用除外とするようなその他の契約上、法律上の条項等が手当てされた。こうした適用除外措置(carve-outs)は実質的に債権者間の優先順位を変化させるため、一部の債権者が不利な扱いを受ける惧れがある(例:無担保権者)。こうした例外条項採用の広がりは、国内レベルでは、法的確実性と効率性が向上する一方で、債権者間の公平性は相対的に減少することを示している。法的確実性と効率性の向上は、取引関係を単純にし、もってシステミックリスクを減少させる点に主に表れる。即ち、こうした適用除外措置(carve-outs)は、非金融資産・負債の処理は引き続き行われなければならないという点で清算処理過程そのものを単純化するものではないからである。
  3. 更に、別の金融手法、特に証券化や外部化(アウトソーシング)は倒産(処理)過程において更なる効率性および法的確実性を促進すると考えられる。これらの手法は、倒産企業の資産・負債を縮小するという側面をも有する(アウトソーシングは企業そのものの規模を縮小。証券化は、担保付貸出を資産売却に変換することにより、倒産手続の対象となる企業規模を小さくする)。こうした市場原理に基づいた手法は効率的である一方、公平性という観点からは、事実上債権者間の優先順位が変化する可能性もある。これらの手法の利用は、倒産手続や債権者・債務者の地位に与える影響について十分明確に立法上の配慮がされることなく行われている。
  4. 各国間の倒産法の違いは、公平性や適切な倒産手続に対する国民のコンセンサスを反映しているが、国際的な観点からは、こうした違いから問題が生じる可能性がある。
    • 債権者や債務者は複数の関連法域のいずれか1つで倒産手続を開始することが出来る。複数の法域にまたがる場合、各法域毎に(倒産時における)金融取引の履行をどの程度認めるかに関する法律が異なるため、倒産処理の過程でそうした契約の実際の履行は複雑化する惧れがある。更に、いくつかの法域では金融機関の清算に関し、単一清算主義(資産はプールされ、当該金融機関全体を対象として債権者の優先順位に則って配当)が採用されているが、別の法域では支店分離清算主義(現地の支店の資産は現地法域の管轄下に入るため、こうした各法域間の法律の違いが利用されるか、あるいは少なくとも強調される)が採用されている。
    • これらの違いはいずれも3つの効果を生じる。まず、法的確実性は減少する。なぜならば法域と当該法域における適用法と対処方法は、倒産企業の所在地及び資産と企業活動の性質また取引相手によって変わり得るためである。また、効率性も低下する。特に複数の法域間で法律が相反する場合は、結果を予想することが困難となり、複雑な調整問題が発生する可能性があるためである。また、債務者あるいは債権者が金融取引を締結する際に決められた扱いや優先順位で取引が行われない可能性があるため、公平性も損われる惧れがある。更に、単一清算主義/支店分離清算主義といった法制上の違いから、全ての債権者にとって公平な結果とならない可能性がある。

様々な問題が発生する可能性があるにも関わらず、最近頻発するクロスボーダーの倒産ではまだ特に大きな問題は発生していない。大型破綻事例(複数でない場合)においては、複数の法域間での礼譲(comity)が問題を抑制することが証明されている。

最近の動き

市場参加者や公的部門は、クロスボーダー倒産において明確に問題となっている特定の問題の解決に積極に取り組んでおり、かなりの進展が見られている。例を挙げれば以下の通り:

  • 欧州連合(EU)は、金融機関の国際的な清算を調整するアプローチを生み出した。「EU Winding-up(金融機関の清算と再建に関する)指令」である。この指令の革新的な要素は、少なくともEU加盟国内の当事者にとっては、単一の倒産裁判所を特定したことである。
  • 昨今の国際私法改正の動きは、クロスボーダーの無体物担保について明確な所在地を決定することに成功し、あるいは成功しつつある。こうした動きの中には、UNCITRAL1国際債権譲渡条約や、ヘーグ国際私法会議における金融機関(financial intermediary)を通じて間接保有されている証券に関する権利に関する検討が含まれる。
  • EU圏内では、提案中であった金融担保設定に関する指令が発布されたばかりである。この指令は、特定の担保権の設定、対抗力具備、実行に関し特別な枠組みを措置している。

上記のような動きの目的は、実体法の調和を試みるものではなく、調整や協力を行う上で最善の手法の検討し、指令や条約といった形を用いて、地域または世界的にそれらの手法を広めることにある。

いくつかの限られた分野では、すなわち実体法、中でも特に担保法については調和が図られつつある。UNIDROIT2可動物件の国際的な権益に関する条約や、UNCITRAL国際債権譲渡条約の一部等がそうした例として挙げられる。また、UNIDROITでは新たに、証券担保に関する実体法の調和化プロジェクトを準備している。

以上を踏まえると、これらの動きにより、クロスボーダー倒産の問題はG10諸国で幅広く認識されており、金融界や当局は、法的な不確実性の減少、効率性の向上、そして、企業倒産時の債権の扱いについて市場参加者の知識・判断能力向上について大きく進展させ得て来た。とは言え、金融機関および金融業に従事する非金融機関のクロスボーダーの倒産については、引き続き各法域間そして監督者間の協力に大きく依存し、倒産手続のコストは高いものとなろう。よって、既に進みつつある流れに沿って、金融監督者の積極的な参加の促進と共に、今後も更なる研究の余地がある。

  1. UNCITRAL: "United Nations Commission on International Trade Law"(国連国際商取引法委員会)
  2. UNIDROIT: "International Institute for the Unification of Private Law"(私法統一国際協会)

以上