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【講演】「最近の経済情勢と中央銀行の政策対応-中央銀行の意思でバランスシートの拡張・縮小ができるかがポイント-」

日本銀行アジア金融協力センター主催セントラルバンキング・セミナーにおける講演要旨

日本銀行政策委員会審議委員 水野温氏
2009年5月28日

目次

  1. 1.内外の景気見通し
  2. 2.大規模な金融・財政政策の発動
  3. 3.主要国中央銀行の政策対応
  4. 4.バランスシートのコントロール力と出口政策
  5. 5.日本銀行の政策対応

1.内外の景気見通し

 現在、グローバルな不均衡の調整が続いている。米国では、過剰消費により過剰債務を抱えた家計からバランスシート調整が本格化し、その後、生産・設備投資の大幅減少や雇用調整まで調整の動きが拡がっている。新興諸国の過去の高成長も、グローバルな投資・貯蓄バランスの観点からみれば、米国の過剰消費に支えられていたと理解でき、そうした意味で、今回の世界経済の調整は、循環的な面だけでなく、構造的な面も大きい。

 わが国の景気は悪化を続けているが、輸出や生産は下げ止まりつつある。一方、企業収益が大幅に悪化するもとで、設備投資は大幅に減少している。雇用・所得環境が厳しさを増す中で、個人消費は弱く、住宅投資も減少している。先行きについては、輸出や生産が下げ止まりから持ち直しに転じていくとみられることに加え、公共投資も増加していくとみられる。

 ただ、生産が持ち直すと言っても、崖から落ちるような、あるいは「フリーフォール」という状態は終息しつつあるに過ぎず、水準は極めて低い。その後の生産は世界の需要動向に依存するため、不確実性が高い。5月の対外公表文および金融経済月報では、4月の「わが国の景気は大幅に悪化している」から、「わが国の景気は悪化を続けている」と表現が変わったが、これは景気循環における局面が時間的に移動したという判断を示したに過ぎない。すなわち、わが国経済は、4月末の「展望レポート」で示した景気のパスに沿って推移している。

 なお、欧米に比べてわが国の金融システムが相対的に健全であるにもかかわらず、わが国が深刻な景気後退に陥った背景には、2004年~2007年半ばにかけて、自動車・電機・一般機械の輸出が好調であったことの反動を指摘できる。特に、欧米・新興国向けの自動車輸出が輸出全体に占める割合が高かっただけに、輸出企業の収益が予想以上に悪化したという点が大きい。

 現在発生している様々なグローバルな不均衡の修正、ヒト・モノ・カネの移動の収縮を反映して、世界経済が持続的な回復軌道に復帰するには、相当な時間を要するとみるべきである。欧米のクレジット・バブル崩壊後、主要国では中央銀行が思い切った流動性供給に努めると同時に、大規模な財政出動に動いた。また、米国では大手金融機関19行に対するストレステストを受けて、大手行が資本増強を再開し始めるなど明るい話題もある。しかし、主要国の大手金融機関は融資拡大に慎重である。この背景としては、(1)欧米主要国の失業率がピークアウトするまで家計向けローンの延滞率上昇や返済不能件数の増加など与信コストは上昇傾向、あるいは、高止まりする公算が高いこと、(2)米国では商業用不動産価格の下落、オフィス空室率の上昇、CMBSの新規発行停止や時価下落など、新たな収益圧迫要因が出てきたこと、などを指摘できる。したがって、既に現れている「実体経済と金融の負の相乗作用」が持続する可能性があるなど、米国経済の下振れリスクについては、引き続き念頭に置いた方が良いと思われる。

2.大規模な金融・財政政策の発動

 今回の金融危機では、各国中央銀行は潤沢に流動性を供給してきた。金融市場がグローバルに相互依存性を高める中で、ドルを中心とする資金調達や企業金融を円滑化させるため、主要国の中央銀行が連携を強める必要があるといった意識も自然に醸成された。また、主要国政府も財政面からの大型の景気刺激策を発動している。ここでは、まず財政政策について言及し、金融政策については後ほど詳しく述べる。

 主要国のうち日米の財政出動の規模は目立って大きい。それにもかかわらず、(1)費用対効果の議論、例えば、大型財政支出に伴う財政刺激策が長期金利上昇によって相殺されてしまうリスクや、財政に起因するインフレを発生させるリスク等、(2)学術的・経験的な観点からの財政面からの刺激策の有効性--例えば、財政面から景気刺激策による乗数効果は低下しており、景気を持続的に押し上げる効果は期待薄であるといった論点--、(3)財政赤字や政府債務残高の持続可能性、(4)財政拡張路線からの「出口戦略」などに関する議論はさほどなされていない。

 米国などでは従来、景気循環の振幅を小さくするマクロ政策は主に金融政策で対応すべきであり、財政政策は「ビルト・イン・スタビライザー」としての役割に徹するべきとの議論が主流であったが、今回は金融政策の余地が限られる中で、財政支出拡大による景気刺激が期待されており、2009年財政年度の財政赤字が名目GDP比12.9%と巨額になる財政出動に対する学界からの批判は限定的である。

 しかし、例えば日本について言うと、公的債務の水準は改めて持続可能性を考えるべきレベルに達しつつあり、財政面から景気刺激策を持続できる余地が相当限られてきている。そうした中、少子高齢化という人口動態的な変化が急速に進む下で、社会保障関連費用は構造的に増加すると考えられる。同時に、産業構造の転換に伴う雇用のミスマッチ等の下で、雇用安定のための歳出も膨らむ公算が高い。現役世代は将来負担が増える一方、退職後に想定される年金受給額が現在の年金受給者よりも大幅に減少するとの試算結果がコンセンサスとなってきた。財政支出を巡る前述の論点は避けて通れないのではないだろうか。

3.主要国中央銀行の政策対応

 以下では、2008年9月のリーマン・ショック以降の日本銀行を含む主要国中央銀行のこれまでの政策対応を振り返る。大きく3つの視点に沿って整理できる。

 第1は、政策金利の大幅な引き下げである。現在の政策金利は、FRBは0~0.25%、欧州中央銀行(ECB)は1.0%、イングランド銀行(BOE)は0.5%、日本銀行が0.1%と、それぞれ極めて低い水準にあり、さながら事実上の「ゼロ金利クラブ」が形成されつつある。主要国の中央銀行が非伝統的な金融政策に踏み込むなかで、主要政策金利を完全にはゼロにしていない点は各国共通である。これは、わが国のゼロ金利政策や量的緩和政策の経験から、主要政策金利を完全にゼロにすると、短期金融市場の機能を損ない、非伝統的な金融政策からの出口戦略がスムーズにいかなくなる、という副作用についての認識が共有されているためである。

 第2は、潤沢な流動性供給を通した金融市場の安定維持である。これには日々のオペレーションによる潤沢な資金供給のみならず、最後の貸し手としての資金供給も含まれる。FRB、BOEが個別金融機関の支援のために資金供与を行ったほか、他の中央銀行も資金供給オペの拡充などの措置をとってきた。

 第3は、クレジット市場など個別の金融市場の機能回復を促す措置である。すなわち、企業・家計向けの各種貸出の金利上昇や、アベイラビリティーの観点などから、全体として逼迫をきたしている場合、中央銀行が民間債務の買入れや適格担保を拡大する政策である。第2、第3の視点、つまり、政策金利の引き下げ余地がなくなった後の政策対応は、各中央銀行がおかれる状況によって異なる。

 主要国の中央銀行が現在採用している「非伝統的な金融政策」については、上記のように金融市場への効果に着目した整理が可能であるが、それ以外にも、いくつかの整理が可能である。各種政策の効果を対外的に説明する際には、適切な分析の視点を示すことにより、市場との円滑なコミュニケーションを図ることができると考えられる。

 第1に、中央銀行自らのバランスシートにおいてとるリスクと超過準備の取扱いに基づく概念的な分類である。すなわち、(1)バランスシート上にクレジット・リスクのある金融資産を計上すると同時に、超過準備は全て吸収するケースを「信用緩和政策(Credit Easing Policy)」、(2)バランスシート上にクレジット・リスクのない国債等の安全な金融資産を計上し、超過準備を供給する(完全には吸収しない)ケースを「量的緩和政策(Quantitative Easing Policy)」、と大別できる。BOEはクレジット・リスクを極めて限定的にしかとっていないため、自ら「量的緩和政策」、FRBとECBは自ら「信用緩和政策」と主張している。しかし、実際の政策運営をみると、程度の差こそあれ、信用リスクのある資産を購入すると同時に、超過準備が発生しているため、(1)と(2)の両方の特性を併せ持つ中央銀行が多い。特に、FRBは2月までは「信用緩和政策」を採用していたといえなくもないが、米国債購入を決定した3月のFOMC以降は、もはやハイブリッド型の非伝統的な金融政策にシフトしたとも考えられる。

 第2に、各中央銀行が想定する政策波及メカニズム、および、購入する金融資産の信用リスクの大きさに着目すると、以下のように整理できる。すなわち、(1)金融資産購入政策、(2)信用緩和政策、(3)両者のハイブリッドともいえる政策運営である。BOEは3月、マネーサプライ、貸出、名目支出を増加させるために国債・社債・CPを合計で750億ポンド購入する「金融資産購入策(Asset Purchase Programme)」を決定したが、購入する金融資産の大半はギルト債(国債)としていた。5月の金融政策委員会の議事要旨によれば、「景気が低迷するとの見通しが根強く、追加の金融緩和がないと、インフレ率が中期目標である2%を著しく下回る可能性が高い」との判断から、金融資産購入策の規模を500億ポンド拡大したとのことである。

 FRBは、クレジット市場の機能回復を目指す、非伝統的な「信用緩和政策(Credit Easing Policy)」に踏み込んでいるが、3月に3,000億ドルの米国債購入を決定した。エージェンシーMBS、エージェンシー債を含め購入する資産の総額を1兆7,500億ドルまで拡大した。一方、ECBは5月の定例理事会で、カバードボンド(ファンドブリーフ等、ユーロ圏の金融機関が主に発行するユーロ建ての債券)を600億ユーロ購入することを決定した。

 この間、すでに企業金融支援特別オペレーションやCP・社債の買入れ等の非伝統的政策を打ち出してきた日本銀行は3月、国債買切りオペの規模を年16.8兆円から年21.6兆円へと増額した。

 ちなみに、上記のような非伝統的な政策対応の違いが生じている背景には、(1)金融資本市場、特にクレジット市場の発達度合いや市場機能の低下度合いの違い、(2)金融システムが間接金融中心か、直接金融中心かの違い、などがある。

 (1)は、金融資本市場の規模によって、中央銀行が買入れオペなどを実施できる程度が制約されることを意味する。クレジット市場の機能低下や金融システムの不安定化は、欧米主要国に共通する問題だが、市場規模の大きさを考えると、各種の証券化市場へ積極的に介入しても市場機能を損なうリスクが最も低い中央銀行はFRBである。dysfunctionに陥ったクレジット市場の機能回復を狙った非伝統的な措置として、クレジット・リスク資産の購入は適切な政策対応といえる。

(2)に関していえば、米国と違い、欧州では、企業の資金調達の約7割が銀行借入れであり、社債やCPによる資金調達は3割程度に過ぎないなど、銀行貸出、間接金融への依存度が特に大きい。また、多様な国を抱えており、市場が分断されている。したがって、ECBとしては、非伝統的な金融政策運営に踏み込む場合、銀行部門の信用創出能力を回復させる効果があるものが望ましいと考えたと思われる。5月の定例理事会で決まったカバードボンドの買入れについて、トリシェ総裁は、機能不全に陥った市場の機能回復を狙った措置であり、「enhanced credit support operation」と表現している。すなわち、流動性供給にウエイトを置いた措置ではなく、いわゆる「量的緩和政策」とは一線を画すものという説明である。なお、ECBによるカバードボンド購入の決定は、早くも同市場の機能回復につながっており、ユーロ圏の銀行の資金繰りの改善に一定の効果が期待できる。

 なお、今回のクレジット・バブル崩壊に関連する国際的な議論の動向に若干触れると、主要国の金融監督当局による金融監督のあり方を問う声が聞かれる中で、欧米主要国の政治レベルでは、本来、金融監督当局と中央銀行のどちらが金融機関の監督権限を持つべきかといった議論も行われている。これらは、主要国の中央銀行における将来の金融政策運営に少なからぬ影響を与える可能性がある。

 国債の買入れについては、日本銀行、FRB、BOEともに行っているものの、対外的な説明ぶり、すなわち国債買入れの主な狙いは異なっている。BOEが国債を中心に金融資産の買入れを決定した3月5日のMPCの声明文をみると、「中期的なインフレ率目標を達成するため、マネーと信用の供給量の拡大を通じて名目支出を拡大させる更なる金融緩和措置を採用することが適当と判断した」とされている。一方、FRBがMBSの追加購入や国債の買入れを決定した3月17・18日のFOMC議事要旨をみると、FRBは、国債買入れは「信用緩和政策」の一環と位置付けており、米国債購入は、モーゲージ金利の低位安定を期待したエージェンシーMBSの購入等を補完する効果があると考えていると推測される。

 なお、ECBがユーロ圏諸国の国債買入れに慎重であることは想像に難くない。ユーロ圏には、財政規律の重要性等が明記された「成長安定協定」が存在し、財政政策との役割分担を明確にしているためである。ECBは5月、非伝統的政策に踏み込んだが、敢えて分類すれば、信用緩和政策を採用したと言えよう。

 日本銀行は、2001年3月~2006年3月まで量的緩和政策を採用したが、その当時の経験に照らして、BOEやFRBの国債買入れについて考えてみたい。BOEの金融資産購入政策はマネーサプライ(マネーストック)の増加を通じて資産価格と期待に働きかけ、最終的には需要を喚起することを目的としているが、わが国の5年間にわたる量的緩和政策では、ベースマネーは膨張したものの、そのような効果があったとは確認できなかった。経済効果という観点からは、景気刺激効果よりも、金融システム対策として機能したという印象が強い。また、FRBは、米国債買入れについて、これを決めた本年3月のFOMCの声明文において「民間クレジット市場の改善を企図」したとしている。実際、米国債の購入後、クレジット・スプレッドは全体的に縮小している。しかし、その後、モーゲージ金利は乱高下しており、FRBによる米国債購入は必ずしもモーゲージ金利の低位安定にはつながっていない。ちなみに、わが国の量的緩和政策の経験でも、いわゆる「ポートフォリオ・リバランス効果」は明確に認められなかった。

 もっとも、日本銀行は当時、金融調節目標を日銀当座預金残高とし、国債購入についても国債保有高を日銀券発行残高の範囲内に止めるルールを設定していた。現在のBOEやFRBのような大規模な国債購入は実施していないため、2つの中央銀行の国債購入の効果について、何らかの判断を下すには時期尚早である。さらに言えば、米英は、わが国に比べてインフレ期待が高いため、中央銀行のバランスシートの大規模な拡大を伴う金融資産購入策が、現在低下傾向にあるインフレ率に、将来何らかの影響を与えるのかどうか注目していきたい。

 金融市場では、「中央銀行が財政ファイナンスのために国債購入を進めていくことはない」点は理解されているが、同時に、「中央銀行は財政面からの景気刺激策による長期金利の上昇圧力を意識せざるを得ないだろう」との見方もある。現在、中央銀行は潤沢な流動性供給を通じて、短期金利・ターム物金利を低位安定させており、その影響は長めの金利にも及んでいる。このことを考えると、中央銀行の対応は潤沢な資金供給ということにあり、長期国債の購入はそのための一つの手段に過ぎず、財政拡張路線への呼応ではないという見方もできる。

 米大手格付会社S&P社は5月21日、イギリスの最上級格付「AAA」の見通しを「安定的」から「ネガティブ」に引き下げた。これを受けて、金融市場の一部では、米国のソブリン格付のアウトルックの見直しや将来の格下げに対する警戒感が広がった。欧米主要国の国債イールドカーブのロング・エンドに「財政プレミアム」あるいは「将来のインフレ・プレミアム」が上乗せされ、ベア・スティープ化が進行している。

4.バランスシートのコントロール力と出口政策

 非伝統的な金融政策を採用している以上、中央銀行は、(1)高度な透明性、すなわち、その非伝統的な金融政策の狙いおよび想定する実体経済への波及メカニズム、(2)バランスシートの毀損を抑制する手法、(3)「出口政策」、すなわち事態が好転した場合に非伝統的政策から離脱する手法、に関して市場参加者に理解を求めておくことが重要である。

 「実体経済と金融の負の相乗効果が顕在化している最中に、出口政策を議論するのは時期尚早」との声はあるかもしれない。しかし、中央銀行の信認を確保し、ファンダメンタルズに合致しない長期金利上昇や自国通貨の過度な下落といった潜在的コストを回避するために、その異例な政策の狙い、出口政策等について十分に情報発信をしておくことは重要である。その際、例えばクレジット市場に介入するとしても、あくまでマクロ政策であり、個別企業の救済策でない点を明確にする必要がある。また、金融資産の購入や信用緩和政策で発生する損失を、どの経済主体が負担するかは一つの論点である。

 主要国の中央銀行は、今のところ、マクロ経済の安定性の観点から適切と判断されるときに、程度の差はあれ自らの意思でバランスシートの規模の拡大・収縮ができる状況にある。政策金利の引き下げ余地がほぼなくなった現在、バランスシートのコントロール力の高さが、政策の自由度を計る一つの基準になる。

 こうした視点から、クレジット市場の機能回復を目指すFRBの施策をみると、(1)CP買取りプログラムなどの流動性供給ファシリティーのように、市場環境が正常化すれば自然に活用する魅力が低下するバックストップとしてデザインされたもの、(2)インフレ懸念が高まった際、米国債やエージェンシーMBSの市中売却や、リバース・レポを通じた一時的な売却によって過剰流動性を吸収するもの、に大別できる。前者のうちCP買取りプログラムは、1月下旬のピーク時には3,500億ドルを超える残高があったが、欧州系銀行がCPを発行できるようになり、本プログラムに頼る必要がなくなったため、最近の残高は2,000億ドルを下回るところまで縮小している。一方、後者の活用は慎重さを要すると見込まれるが、膨張しているバランスシートを縮小できる手段を持ち合わせてはいると言える。

 なお、BOEのキング総裁も5月13日、「インフレ率が中期的に目標水準を上回ると判断された時点で、政策金利を引き上げるとともに、買い入れたギルト債を市場に売却することで、過剰流動性の吸収を通じて迅速な金融引き締めが可能性である」と発言している。金融資産購入政策からの「出口政策」は極めてシンプルであるとの強い自信の表明である。

 日本銀行が比較的スムーズかつ短期間で量的緩和政策から脱却できた背景としては、(1)量的緩和政策の採用時、超過準備を主に短期資金供給オペで供給していたこと、(2)出口が視野に入ってきたタイミングで、オペをロールオーバーしない形でバランスシートを無理なく圧縮できたように、オペの期落ち時点をずらす「期日管理」という手法を活用したこと、(3)手形売りオペという便利な資金吸収手段を持ち合わせていたこと、を指摘できる。一方、米英の中央銀行については、既にかなりの規模の金融資産を購入しており、出口の段階でバランスシートを圧縮しながらオーバーナイト・レートをコントロールすることは、技術的に簡単ではない。また、実際に保有する金融資産を市中で大量に売却する場合も、国債発行当局や市場参加者とのコミュニケーションを十分にとったとしても、金融市場に不測の事態を招かぬように、相当な時間をかけて資産売却を行うことになろう。本行の手形売りオペのように、短期の資金吸収手段の多様化を事前に準備しておくことは一つの課題であると思われる。

5.日本銀行の政策対応

 日本銀行も、現状、バランスシートのコントロール力を相応に確保している。日本銀行は、(1)豊富かつ高度な金融調節技術を有していること、(2)CP・社債という民間債務購入策では、FRBと同様、市場環境が正常化すれば利用頻度が減り、その分バランスシートが縮小する仕組みとしていること、(3)企業金融支援特別オペレーション等の今回の施策の多くに時限を設定していること、(4)国債保有残高に対する上限ルールを保持していること、などによる。

 最近は、CP買入れオペと社債買入れオペにおいて、オファー額に応札額が満たない「札割れ」が頻繁に生じている。これは、CP・社債市場の機能が一定の回復をみせ、日本銀行の買入れオペを活用するインセンティブが低下してきたことを示唆している。CP・社債買入れオペは、バックストップという機能を十分果たしていると言える。また、2つの買入れオペにおいて、市場のニーズ次第で残高が減少する仕組みが有効に働いていると認められることから、日本銀行が現在採用している非伝統的政策からの「出口政策」はスムーズにいく公算が高いといえよう。

 追加経済対策が打ち出され、これまでにない国債増発が見込まれる下で、わが国金融市場では金利の安定性確保が一つのテーマとなっている。日本銀行は、潤沢な資金供給を行う中で、(1)ターム物金利への働きかけを通じ、イールドカーブの短期ゾーンを安定させたり、(2)長期資金供給手段を一層活用して円滑な金融市場調節を行う趣旨から、一定のルールに基づいて、国債買入れオペを活用したりすることが可能であり、これら積極的な流動性の供給が、結果として金利安定に寄与することはありうる。

 このうち、国債買入れオペについては、国債需給悪化への不安を緩和する副次的効果はあり得るが、中央銀行が財政ファイナンスのため国債を購入しているということになると、金融政策運営に対する信認が損なわれ、かえって国債市場は不安定化する。また、財政法第5条の「国債の市中消化の原則」の観点からも問題がある。実際、わが国とは異なり、米英債券市場では、中央銀行が大規模な国債買入れを公表した後も、ボラタイルな動きが続いている。

 日本銀行は、長期安定的な負債である日銀券に見合った長期安定的な資金を供給するという、金融市場調節の必要性に基づいて、節度をもって国債買入れを増額してきた。日本銀行におけるいわゆる「日銀券ルール」の歴史を振り返ると、国債大量発行時代に、オペの対象債券に占める長期国債のウエイトが高まったため、「成長通貨の供給」というロジックで、日銀券の増発額を、フローの国債買入れ額の目処としたことが出発点であった。その後、量的緩和政策を採用した際、財政ファインスの目的で国債買入れを増額していると誤解されないために、日本銀行のバランスシート上の長期の資産・負債の対応関係というロジックを掲げ、日銀券発行残高を国債保有額の上限として設定したものである。

 わが国の国債市場は足許落ち着いた動きをみせている。しかし、欧米の長期金利の大幅な変動やポジティブ・サプライズともいえる最近の株価上昇のほか、国際商品市況の上昇といった気になる動きもある。実体経済と金融市場動向に乖離があるとの見方もできるだけに、わが国において国債買入れに関する一定のルールは重要である。

以上