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【挨拶】「最近の金融経済情勢について」

静岡県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 亀崎 英敏
2009年6月3日

英訳は、英語版ホームページをご覧下さい。

目次

  1. 1.はじめに
  2. 2.経済・物価情勢の現状と先行き見通し、リスク要因
    1. 2-1.海外経済の現状と先行き見通し
    2. 2-2.日本経済・物価の現状と先行き見通し
    3. 2-3.経済・物価情勢のリスク要因
    4. 2-4.展望レポートについて
  3. 3.日本銀行の取り組み
    1. 3-1.大量の流動性供給と金利引き下げ、企業金融支援
    2. 3-2.金利引き下げの限界と信用リスク引き受けへの踏み込み
  4. 4.日本経済の持続的な成長に向けて
    1. 4-1.食料関連分野
    2. 4-2.少子高齢化関連分野
    3. 4-3.環境関連分野
  5. 5.終わりに

1.はじめに

 日本銀行の亀崎でございます。本日はお忙しい中、花森副知事並びに静岡県の経済界を代表される方々にお集まり頂き誠にありがとうございます。また、日頃から日本銀行静岡支店が大変お世話になっております。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。

 私は、一昨年まで41年間、総合商社に勤務し、主として地域戦略ならびに200を超える海外拠点の運営管理を担当した後、日本銀行の審議委員に就任して2年余りになります。日本銀行では、総裁・副総裁と審議委員からなる政策委員が、各地の経済界の方々と金融経済情勢についての意見交換の目的で懇談会を開催しております。本日は、まず私から、現在および先行きの金融経済情勢についてお話させて頂き、その後、皆様方から当地の情勢のお話や日本銀行の金融政策運営等についてのご意見を頂戴したいと考えております。

2.経済・物価情勢の現状と先行き見通し、リスク要因

2-1.海外経済の現状と先行き見通し

 まず、海外経済の現状と先行きの見通しについてお話します。足もとの海外経済は悪化を続けていますが、そのペースは一頃に比べて緩やかになっており、年内には下げ止まりから持ち直しに向かうとみています。但し、その回復力は、大変弱いものではないかと想定しています(図表1、2、3)。

 国別にみると、米国については、これまで悪化一辺倒だった景気指標の中に、少しずつですが明るいものも出始め、悪化の加速度は落ちてきたように思います(図表4、5)。今後は、2月に決まった総額7,872億ドルの景気刺激策が実行に移されていけば、その効果もあって下げ止まりから回復へと向かっていくのではないかと考えています。しかし、家計の過剰な消費や借入れ、金融機関の過剰なリスク資産投資など、長期に亘って蓄積された様々な過剰(図表6、7)の調整には相応の時間を要すると思われるため、回復の足取りは弱いものになるとみています。

 欧州については、経済実態を表す指標の大幅悪化が続いています。先行きについても、期待できる具体的材料には乏しいため、悪化が続くものとみられます。特に、中東欧の経済混乱が、経済の重石となってくる可能性もあり、注意が必要です。

 中国については、輸出の減少は続いているものの、金融・財政政策の効果から景気の減速に歯止めがかかりつつあるように窺われます(図表8)。これは、金融システムの問題が相対的に小さく、また潜在需要の強い新興国であることから、政策効果が出やすいためと考えられます。しかし、先進国経済の回復は弱いものに止まり、経済の一方の牽引役である輸出の低迷が続く可能性が高いことから、ここ数年続いてきた2桁成長ほどの力強い回復は望めないものと考えています。

2-2.日本経済・物価の現状と先行き見通し

 日本については、景気の悪化は続いていますが(図表9)、製造業の大幅減産の効果から在庫調整に目処がつきつつあり、これまでのような急な坂道を転げ落ちるかのような状況にはブレーキがかかってきたように窺われます(図表10)。先行きは、減産ペースの緩和や政府の施策の効果から遠からず下げ止まり、回復へと向かうものと思います。しかし、その後を展望すると、企業の生産や売上がかつての水準に戻るまでには相当時間がかかり、厳しい収益環境が続く中、設備投資の回復も緩やかなものに止まるものと考えられます(図表11)。また、家計の雇用・所得環境は、むしろこれから悪化するとみられる中、個人消費も一段と弱まる可能性があります(図表12)。従って、減産ペースの緩和と財政政策の効果の一巡後は、輸出の回復とその内需誘発効果に依存した回復になるとみています。

 次に、物価情勢です。CPIの前年比は、昨年秋口以降に急落した石油製品価格のマイナス寄与を主因に、足もとの前年比ゼロ%近傍から、夏場にかけては-2%強まで大きく下落するものとみています。その後も経済の回復力の弱さから需要不足の状態が続くため(図表13)、マイナス基調が続くものと考えられます。実際、CPIの個別品目の動きをみると、依然、多くの品目が前年比プラスながらその幅を縮小しているものが増えています(図表14、15)。これは原材料価格の下落の影響に加え、利幅を犠牲にしてでも売上数量の確保を重視せざるを得ない企業が増え始めていることを示している可能性があります。また、先行きの物価上昇を見込む人の割合も低下しており、消費者の価格に対する目線も厳しくなりつつあるようです(図表16)。そのため、企業収益や、雇用・所得環境が一段と厳しさを増すとみられる今後、前年比マイナスとなるものが増えてくるものと考えています。

 このように、経済見通しのメインシナリオとしては、目先は在庫調整の進展による減産ペースの緩和と政府の施策、その後は海外経済の持ち直しによる輸出回復とその内需誘発効果により、本年度後半の緩やかな回復を想定しています。物価見通しのメインシナリオとしては、石油製品の大幅マイナス寄与の剥落後も、需要不足による緩やかな物価下落を考えています。

2-3.経済・物価情勢のリスク要因

 メインシナリオに対するリスク要因としては、次のような点が挙げられます。まず経済情勢においては、第1に、金融市場におけるショックと、それに伴う金融と実体経済との負のスパイラルの一段の強まりが挙げられます。このところ、世界経済の回復期待から各国の株価が上昇傾向にありますが、欧米における住宅価格の下落や金融機関が持つ多額の不良資産、中東欧の経済混乱、内外における自動車など耐久消費財の需要不振等、大きな問題はまだ解決の道筋が見えません。金融市場に不安定さが残る中、何らかのきっかけでこうした問題がクローズアップされれば、再び金融市場が動揺し、実体経済の悪化にも繋がる可能性があります。

 第2に、日本を含む各国の金融・財政政策の効果です。中国では一定の効果が出始めていますが、その他の国では、経済全体への影響はまだ明確には見えてきていません。今後、金融システム不安が政策効果を減殺しないか、減税は貯蓄に回るのではなく消費の拡大に繋がるか、多額の国債発行が金利上昇をもたらさないかなど、その効果には様々な不確実性があります。

 第3は、各経済主体の行動の構造的な変化による、グローバルな投資、消費意欲の低下です。現在、特に米国では、企業、家計、金融機関とも過剰債務の圧縮に動いていますが、これが中長期の成長期待の低下によるものであれば、恒常的な低レバレッジ社会に移行する可能性があります。そうした場合、世界経済は牽引役を失ってしまいます。また、それが一段の成長期待の低下をもたらす、という悪循環に陥る可能性もあります。

 第4は、国内で感染が広がっている新型インフルエンザです。今回のウイルスは弱毒性だとはいえ、さらに大きく広がっていけば、企業活動の停滞や個人の飲食・旅行の抑制等々、経済全般の落ち込みに繋がる可能性があります。

 物価面で注意すべきは、インフレ期待の動向です。経済の回復がメインシナリオ通りとならず、一段の需要不足を招いた場合、中長期の成長期待とインフレ期待が下振れる可能性があります。これは、デフレスパイラルに繋がりかねないため、大変危険だと考えます。また、このところ国内の物価動向に大きな影響を与えている、原油や食料など国際商品市況と、為替の動向にも注意が必要です。

 このように、経済・物価情勢のリスク要因としては下振れ方向が中心と考えられ、特に海外経済の回復力が弱く、輸出の回復が捗々しくない場合には、日本経済全体が再び落ち込む可能性も相応にあると考えています。但し一方で、中国をはじめとする新興国の成長が予想以上に加速することも、全く考えられないシナリオではありません。また、G7諸国やスイスなど主要国の政策金利が軒並み1%以下となるなど、多くの国で低金利政策と大量の資金供給策が採られているほか、各国とも大規模な財政政策が実施されている状況下においては(図表17、18)、過剰流動性の発生など効果が出過ぎた上に、その認知と対応が遅れることによる上振れ方向のリスクについても考える必要があります。現に足もとでは、原油価格など国際商品市況がやや上昇しており、市場がこうした上振れリスクを意識していることも考えられます。つまり、リスクとしては下振れ方向が大きいが、上振れ方向についても十分意識しておく必要があると思います。以上述べましたとおり、見通しの不確実性は非常に高いものと認識しています。

2-4.展望レポートについて

 以上は私の見通しですが、日本銀行では毎年4月と10月に、全政策委員の見通しを統合した「経済・物価情勢の展望」を作成し、それを数字で示したものと合わせて公表しています。また、7月と1月にはその中間評価も公表しています。

 直近4月末において、政策委員が最も実現可能性が高いと考えている見通しは、図表19のとおりです。経済情勢を表す実質GDPの前年比は、今年度は-3%台と大きく落ち込みますが、来年度は+1%台前半まで回復する姿となっています。物価情勢を表す消費者物価指数、つまりCPIの前年比は、今年度に-1%台半ばまで下落した後、来年度も-1%前後のマイナスが続く姿となっています。

 こうした中心的な見通しに加えて、各政策委員が思い描く見通しはある程度の幅があるものなので、ベストシナリオからワーストシナリオまで、どのくらいの実現可能性があるか、確率分布で示すことも行っております。それを全政策委員分まとめ、棒グラフで示したものが図表20です。棒グラフの山は低く、裾野の広いかたちとなっていますが、これは見通しの不確実性が高く、決め打ちできるようなものではないことを示しています。また、今回の見通しの中心を示す縦の太点線に対し、棒グラフの山はやや左に偏っています。これは、下振れリスクが大きいことを示しています。

3.日本銀行の取り組み

 次に、昨年のリーマンショック以降、金融市場の動揺が景気悪化へと繋がる中で、日本銀行が採ってきた主な施策についてお話します。日本銀行の金融政策の手段は、通常は短期金利の誘導ですが、ご案内のように、今回の危機の前に日本の政策金利は既に0.5%と極めて低い状態だったので、金利の引き下げ幅は限界的なものとならざるを得ませんでした。しかし、その金利の引き下げに加え、金融機関への流動性供給による金融市場の安定化策や、一般事業会社への企業金融支援策を次々と導入しました。このように、足もとの金融政策は、金利の引き下げ、流動性供給、企業金融支援という3つの柱をもって、金融面からのできる限りの施策を打ち出して参りました。

3-1.大量の流動性供給と金利引き下げ、企業金融支援

 以下、図表21の時系列に沿ってみていきます。まず、リーマン破綻直後の9月16日から、連日数兆円規模の即日資金供給オペを実施しました。また、18日には、各国の中央銀行と協調しながら、米ドル資金の供給オペを導入しました。日本銀行が国内市場で米ドル資金を供給するのは初めてのことです。当初は、入札方式による供給でしたが、10月14日には担保の範囲内で無制限に供給する仕組みに変更しました。また、同日には、企業金融の円滑化に向けて、CP現先オペを積極的に行うことも発表しました。

 10月31日には、無担保コール・オーバーナイト物金利の誘導目標を0.2%引き下げ、0.3%としました。また、金融機関が日本銀行に持つ預金の一部に金利を付けるという、補完当座預金制度を導入しました。これにより、市場金利が日本銀行の誘導目標を大きく下回ることを避けながら、大規模な資金供給を行ってきています。

 12月2日には、金融機関が日本銀行から資金調達する際の民間企業債務に係る適格担保範囲の拡大を決定しました。これは、社債と企業向け証書貸付債権の適格担保としての格付けを、これまでのシングルA格相当以上からBBB格相当以上に緩和する措置です。また、民間企業債務を担保とした「企業金融支援特別オペレーション」の導入も決めました。これは、金融機関の長めの資金調達を、オーバーナイトの政策金利と同じ0.1%という低金利で、日本銀行に差入れたCP、社債、証書貸付債権といった民間企業債務の担保の範囲内であれば、無制限に可能とする措置です。これらは、金融機関が民間企業債務を利用して低コストで資金調達することを通じ、間接的に企業金融を支援することを狙った施策です。実際、企業金融支援特別オペは、その後の強化策の効果もあって毎回旺盛な応札が続き、当初想定していた3兆円を大きく上回る7兆円を超える年度末資金を供給しました。

3-2.金利引き下げの限界と信用リスク引き受けへの踏み込み

 12月19日には、無担保コール・オーバーナイト物金利の誘導目標を、さらに0.2%引き下げ、0.1%としました。さすがにここまで来ると、金利引き下げはほぼ限界となります。しかし、これで金融政策は終わりではありません。このとき同時に、潤沢な資金供給を一層円滑に行うため、長期国債の買入れ額を、年間14.4兆円ペースから16.8兆円ペースへと引き上げたほか、CP買入れを含めた企業金融面での追加措置の導入の検討を決めました。

 CP買入れのように、一般事業会社の信用リスクを引き受け、仮に損失が発生した場合、日本銀行の剰余金が減り、国庫納付金が減ってしまいます。納税者に負担を強いるかもしれないこうした異例の措置を決定する以上、その必要性については十分慎重に検討すると同時に、損失の発生をできるだけ抑える仕組みを構築する必要があります。そこで、明けて1月22日には、企業金融に係る金融商品の買入れについての基本的考え方を公表しました。内容は図表22のとおり、ある金融商品の取引市場の著しい機能低下が企業金融全体の逼迫に繋がっており、そうした商品の買入れが日本銀行の使命に照らして必要な場合に限り実施する、というものです。但し、個別企業への恣意的な資金配分となることを回避しながら、期間と規模を限定し、日本銀行の財務の健全性にも十分配慮することを必要条件としています。これに基づいて同日、CP買入れを1月30日から実施することを決めたほか、残存期間1年以内の社債買入れの検討も開始しました。

 2月19日には、企業金融支援特別オペの強化や、社債買入れの細目を決めたほか、これまで期限付で導入した各種施策の延長を決めました。また、3月18日には、長期国債の買入れ額を年間16.8兆円ペースから21.6兆円ペースへと引き上げたほか、4月7日には、金融機関の政府に対する貸付債権の適格担保範囲の拡大や、地方公共団体に対する貸付債権の適格担保化を決定しました。先日5月22日には、金融機関が保有する米国、英国、ドイツ、フランスの国債を適格担保化しました。これまでの適格担保の基準は、基本的に「円建て、国内発行、日本法準拠」であっただけに、「外貨建て、海外発行、外国法準拠」の外債を担保として認める本措置は、新たな領域に踏み出した施策と言えます。

 これらの金融政策に係る施策のほか、金融システム安定化のための施策として、2月3日には金融機関保有株式の買入れの再開、3月17日には金融機関向け劣後特約付貸付の供与を決定しました。劣後特約付貸付については、つい先週末に初回分の入札を実施しました。これらの措置も信用リスクを引き受ける点、中央銀行としては異例中の異例の策ですが、経済・物価情勢の改善に向け、金融機関の果たす役割が大きいことに鑑み、導入することとしました。

 今後についても、先に述べたような不確実性の高い経済・物価見通しの下では、これまで導入した低金利政策、流動性供給策、企業金融支援策を継続して市場の不安を抑え、実体経済における需要の増加を促し、日本経済を金融面から支えていかねばなりません。また、状況変化の度合いによっては、可能かつ有効な施策をプロアクティブに考え、素早く実行していく必要があると考えます。

4.日本経済の持続的な成長に向けて

 ここからは、より長い目でみた日本経済についてお話します。現在の日本は暗い話に事欠きませんが、病気も景気も気分から来る部分が大きいため、先行きの希望を失わないことが大切です。私が商社におりましたときは、景気が悪いときこそ、企業は座して景気回復を待つのではなく、相対的に優位性がある、あるいは潜在的に成長力が高い分野や市場に経営資源を集中させるなり、新しいビジネスモデルを構築するなり、果敢な施策で攻めて参りました。実際、現在のような状況においても、多くの企業が、新技術の開発やM&Aによる業容の拡大、新しい顧客戦略の推進などに積極的に取り組んでいることを伺っています。これらは個々の企業単位の話ですが、こうしたことの必要性は、マクロで経済を考える際にも同じではないかと思います。

 日本が否応なく巻き込まれている、激しいグローバル競争の中で勝ち抜いていくためには、5年先、10年先を見据えた日本経済のあるべき姿について、政策としてグランドデザインを描くことが必要です。そうしたもとで、政府、企業、そして国民が一体となって進んでいくことが、何より大切です。グローバリゼーションを前提にした場合、日本の強みはやはり自動車、電気機械、一般機械に代表されるモノ作りの優位性でしょう。これらをますます強化して、グローバル競争に勝っていかねばなりません。一方、今回の景気悪化から得られる教訓は、輸出依存の経済成長には限界があるという事実です。そこで、輸出関連産業の強化は引き続き重要ですが、加えて内需関連産業を育成していくことも必要になります。そうした産業の主要な柱としては、食料、少子高齢化、環境に関連する分野が中心となるのではないかと、私は思っています。これらは内需の潜在的な成長余地が大きいため、海外経済に左右されない経済基盤の確立という面で重要だと思うからです。しかも、これらはいずれも情勢が急速に悪化しており、緊急性が高い分野でもあります。

4-1.食料関連分野

 まず、食料関連分野です。このところ、輸入食品の安全性に対する不安感は高まっており、国内産への需要は強いものがあります。安全で品質が高く、日本人の嗜好にも合う国内産の食料は、内需型の産業としての潜在成長力があると思います。

 しかし、日本の農業は様々な問題を抱えて衰退しており、先行きの希望が持てなくなっています。例えば、労働生産性が低いこと、規模が小さいこと、経営形態や流通経路に多様性が乏しいことなど、他産業と比べて見劣りしています(図表23、24)。さらに、就業者の高齢化が著しく進んでおり、将来に希望が持てないばかりか、危機的な状況にあります。日本の農業を成長産業として存続・発展させるためには、これらの問題を克服し、補助金頼りではない事業性のある産業への転換が必要だと思います。国内農業の活性化は、内需産業の育成だけでなく、食料自給率の向上、雇用吸収力の増大、さらには水源涵養地の確保や美しい国土の維持といった多くの利点もあることは、申すまでもないことであります。

4-2.少子高齢化関連分野

 また、高齢化が急ピッチで進む中にあっては、その関連分野も有力な内需産業です。高齢化関連産業の充実は、高齢者自身の安心で快適な生活の確保はもとより、高齢者を介護する子や孫の世代にとっても不可欠であり、大きな潜在需要がある分野といえます。

 しかし、医療や介護などの関連産業については、需要を満たすだけの供給力の増加が、全く追いついていないのが実情です。介護施設の入所待ちや、地方における医師や介護士の不足など、身近なところで様々な問題が指摘されています。こうした問題は、仕事のきつさや責任の重さに対して利潤や報酬が少なく、需給バランスが調整されるよう経済原理が働いていないために生じているのだと思います。仕事への対価が正しく支払われるようになれば、求人の需要が強いこの産業は、他産業の余剰労働者を取り込み、大きく成長することが見込まれます。これは、雇用のミスマッチ解消にも繋がります(図表25)。

 なお、人口の高齢化自体に歯止めをかけるため、合わせて少子化対策の必要性も強調したいと思います。少子化は、労働力人口の減少と内需縮小に直結し、経済成長を抑制する深刻な問題だからです。現在の状況が続けば、100年後の人口は現在の半分以下になるという試算もある中(図表26)、政府、企業、地域コミュニティは、力を合わせて一段の出産・育児支援に取り組む必要があると思います。また、出産施設や保育所、ベビーシッターなど少子化関連産業の育成も、事業性の有無を超えて不可欠であるといえます。

 少子高齢化は日本社会に大きな不安と負担をもたらしているため、状況改善に向けた取り組みによって国民生活に少しでも安心感を与えることができれば、各世代の消費喚起に繋がることも考えられます。このように、この問題に対しては、マクロ経済全体からみた効果も考慮に入れてアプローチすべきだと思います。

4-3.環境関連分野

 環境汚染や資源枯渇の問題は、人類の存続にも関わる危機的なものであり、急速に事態が悪化していることもあって、国際政治の舞台では一刻の猶予も許されない重要テーマともなっています。こうした中、環境維持・省資源化関連の技術や製品への需要は、大変強いものとなっています。

 日本人は「きれい好き」と「もったいない」を文化として持ち、昔から環境や資源に配慮する意識が高かったと思います。そうした意識は、自動車販売が全体として低迷する中でも、新型ハイブリッド・カーだけは予約が殺到したことに象徴されるように、一段と高まっているように感じます。日本企業も、2度の石油ショックを経て環境対応技術を磨き、世界をリードする存在となった現在でも、新たな最先端の環境維持・省資源対応を進めています。例えば、工業用水を大幅に節約した液晶工場の建設、発電所の効率化に繋がる蒸気タービン用の耐熱合金、軽量・高強度の自動車用炭素繊維、植物から生成する樹脂、太陽光発電で運航する船舶、電気のみで駆動する自動車や二輪車の開発・実用化など、多岐に亘っています。各企業は、こうした技術を一段と研ぎ澄まし、自社の優位性を一段と高めていくとともに、世界への貢献を果たしていく必要があると思います。

 環境関連の技術や製品は世界中で必要とされているため、内需、外需ともに有望ですが、やはりマザー市場である日本での需要拡大を促すことが必要だと思います。例えば、もともと日本企業が強かった太陽電池は、ドイツが助成制度を導入したことにより、同国企業に世界シェアを奪われてしまいました。今後も欧米各国の助成導入により、現地市場の拡大が見込まれており、現地企業の成長も予想されます(図表27)。日本でも、こうした流れに遅れをとらないよう、低炭素社会に向けた腰の据わったマクロの施策を打ち出すことにより、企業の動きの強化・促進にも繋げていくべきだと思います。

5.終わりに

 結びに当たりまして、当地静岡県についてですが、景気は一部に生産の下げ止まりなどの動きはみられるものの、全体としては大幅な悪化を続けていると伺っています。当地は全国有数のモノ作り県であり、日本が誇る輸出産業の一大生産拠点であるがゆえに、海外経済の悪化の影響を大きく受けてしまっています。また、少子高齢化の影響で人口も減少に転じており、中心市街地の空洞化といった地域経済一般にみられる構造問題も抱えていると聞きます。

 しかし、こうした当地だからこそ、私が先ほど申し上げた、経済の持続的な成長に向けた施策が活きると思います。当地の産・学・自治体が共同して取り組んでおられる「静岡トライアングル・リサーチクラスター形成事業」は、中部に食品、東部に先端医薬、西部に光技術と、今後を担う有望な産業を育成しようという、大変意欲的かつ希望の持てる施策と言えます。また、当地に立地する各企業とも、既に有する優れた部分をさらに研ぎ澄まし、グローバル競争時代で勝ち抜いていこうとしておられることに、敬意を表したいと思います。一例を挙げると、商工会議所様では、静岡茶の欧州での需要拡大に向けて新商品の開発や販路の開拓に乗り出しておられると伺っていますが、既に日本一となっている規模とブランド力をさらに高め、世界の他の飲料との競争に打ち勝っていこうとする意気込みは、大変素晴らしいと思います。明日開港する富士山静岡空港や、3年後の部分開通が予定されている第二東名高速道路は、こうした努力を一段と後押しする、価値のあるインフラになることを期待します。

 当地は、東海道のほぼ真ん中に位置する地の利の良さや、多彩な産業と技術の集積、豊かな自然環境、豊富な農水産物など、多くの資源に恵まれた、経済規模が大きく豊かな県であります。このように、様々な持てる資源を有機的に結びつけて相乗効果を高め、さらに大きく飛躍していかれることを期待しています。

 ご清聴頂き、誠にありがとうございました。

以上