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【挨拶】「わが国の金融政策と経済・物価情勢」

新潟県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 中村 清次
2009年6月24日

英訳は、英語版ホームページをご覧下さい。

目次

  1. 1.はじめに
  2. 2.日本銀行の業務
  3. 3.日本銀行の財務諸表
  4. 4.海外経済の現状
  5. 5.国内経済の現状と先行き見通し
  6. 6.先行きのリスク要因と今後の金融政策運営方針
  7. 7.日本銀行の昨秋来の政策対応
  8. 8.おわりに

1.はじめに

 私は日本銀行政策委員会審議委員の中村と申します。

 本日は、お忙しい中、新潟県の行政ならびに経済界を代表される皆様方にお集まり頂き、懇談の機会を賜り、誠に光栄に存じます。

 日頃は、支店長の栗原をはじめ日本銀行新潟支店が大変お世話になっており、この場を借りまして厚く御礼申し上げます。

 日本銀行では、総裁を含む9名の政策委員会メンバーが - 昨年3月以降、審議委員1名が欠員となっておりますが - 全国各地を訪問し、日本銀行の考え方や金融政策を説明申し上げると共に、地域経済の状況やご意見をお聞かせ頂き、政策決定に反映させることと致しております。

 本日は、まず私から日本銀行の業務等についてご紹介させて頂き、最近の内外の金融・経済情勢や、日本銀行の金融政策運営の基本的な考え方等について、お話ししたいと思います。

 その後、皆様方から当地の経済情勢や日本銀行の金融政策に対するご意見などをお聞かせ頂ければと存じます。

2.日本銀行の業務

 まず、日本銀行の業務や機能について簡単にお話したいと思います。日本銀行が定期的に実施しています「生活意識に関するアンケート調査」をみますと、約7割の方が「日本銀行は私たちの生活に関係がある」と回答されています。しかしながら、別の設問では多くの方が、「日本銀行については基本的知識がない」との回答で、「ニュース等を通じて金融政策を決定していることは知っているが、どのような業務をやっているのかは良くわからない」という方が多いようです。日本銀行の業務としては、(1)中央銀行として金融政策の運営のほかに、(2)日本銀行券は3月末時点で約76兆円、枚数にして約128億枚流通していますが、お札をいつでも円滑にクリーンな状態で全国に行き渡らせる業務、(3)銀行の銀行としての資金決済に関する業務、(4)政府の銀行としての国庫金の受払い等の業務、(5)信用秩序を維持する観点からの金融機関の経営状態の把握、(6)皆様方のご協力を得ながら行っています経済動向の調査などです。本店ならびに新潟支店を含め、全国で32の支店と12の事務所において、5千人弱のスタッフが、このような日本経済の裏方ともいえるような業務も担っていますことも、ご理解を賜りたいと思います。従いまして、地震等の自然災害、システム障害、新型インフルエンザ等が発生した場合でも、日銀券の流通や金融・決済機能が混乱しないよう、日頃から業務継続体制の整備に努めています。

3.日本銀行の財務諸表

 日本銀行は資本金1億円の認可法人であり、政府の持分は55%ですが、出資証券はジャスダックに上場されています。一般企業と同様に業務活動の結果は、財務諸表に集約されますので、2008年度の決算の概要と、バランスシート運営の基本的な考え方についてお話したいと思います1。経常収益は約1.3兆円(前年比-21%)で、保有している国債等の金融資産や貸付金から生じる利息収入が中心です。一方、経常費用項目は為替差損や、銀行券製造費、人件費等の一般管理費であり、税引後の当期剰余金は3,003億円(前年比-53%)でした。準備金や出資者への配当金(払込出資金額に対して年5%以内)を控除後の2,552億円が、国庫納付金として政府へ納付されます。

 次に、日本銀行のバランスシートについてですが、資産合計は124兆円(前年比+9%)で、主たる資産項目は長期国債が43兆円、引受国庫短期証券が13兆円のほかに短期資金供給オペレーションに関る資産として54兆円が計上されています。一方、主な負債項目は、銀行券が77兆円、政府預金等11兆円、取引先金融機関等の当座預金が22兆円となっています。

 日本銀行は、政策金利である無担保オーバーナイト・コールレートを誘導するために、日中の資金需給を予測した上で、金融市場調節により負債項目である当座預金残高の増減に働きかけています。具体的には、資金不足が予想される時には、金融機関等から金融資産を買入れたり、資金を貸付けることにより必要な資金を供給し、逆の場合は、保有する金融資産を金融機関等に売却することにより資金を吸収するオペレーションを、日々行っています。わが国では、国債発行や年金の支払い、税金の徴収等、財政関連の資金の変動幅が大きく、時には10兆円近くも資金の過不足が生じることもあります。機動的に金融調節を行うためには、負債の伸縮に合わせて、資産を伸縮させることが重要です。こうした観点から、短期的な振れが大きい政府預金等や、機動的に残高をコントロールする必要がある当座預金に対しては、短期オペ資産を保有する一方、長期性負債である銀行券残高に対しては、主として長期の資産である長期国債を保有して、円滑な金融市場調節運営を行っています。一般企業が財務体質を安定させるために、流動性と固定性とに分けて、それぞれの資産、負債残高を調整していることと、基本的には同じ考え方だと思います。

 従って、日本銀行では、長期国債の保有残高が、日銀券の発行残高を上回らないように運用しているのです。仮に、銀行券残高を上回って長期国債を保有していた場合、大規模な資金吸収が必要な事態には、短期オペ資産の売却だけでは足りずに、長期国債の市場売却等が必要となる可能性も出てきます。こうした対応は、金融調節の弾力性を著しく低下させ、適切な金融政策運営を阻害するだけでなく、国債市場を始めとする金融市場の攪乱要因となる惧れもあり、日本銀行の金融政策に対する信頼を毀損しかねません。こうした事態を避ける観点から、日本銀行では、中央銀行のバランスシートの特性を踏まえ、長期国債の保有残高に対する考え方を対外的に明確にし、いわゆる「銀行券ルール」を歯止めとして設定しているのです。

 また、財政法第5条において「公債の発行については、特別の事由がある場合に国会の議決を経た時を除いて、日本銀行はこれを引き受けてはならない」旨が規定されています。従って、「銀行券ルール」は長期国債の買入れが、国債価格の買支えや財政ファイナンスを目的とするものではないという規律を、明確にするという役割も果たしています。因みに、本年3月以降、長期性資金供給のために、毎年21.6兆円ペースでの長期国債購入を行っていますが、当面は「銀行券ルール」に抵触する事態は発生しないと考えています。

  1. 金融市場調節とバランスシートとの関係について詳しくは、2009年6月に公表された「2008年度の金融市場調節」のBOX2「金融市場調節と日本銀行のバランスシート」をご覧下さい。

4.海外経済の現状

 それでは、次に最近の経済・物価動向について、海外経済、そして日本経済の順にご説明致します。

 世界経済は、2007年夏以降、サブプライム住宅ローン問題を契機に国際金融資本市場が混乱し、その影響が実体経済に波及していく中で、それまでの5%前後の安定した高成長から一転して減速局面に入りました。昨年9月には米国のリーマン・ブラザーズが破綻したことをきっかけに、金融機関に対する市場参加者間の疑心暗鬼が一挙に強まり、国際金融資本市場が一斉に機能不全に陥り、実体経済の一段の悪化に繋がりました。そして、実体経済の悪化は、住宅ローンや企業向け貸出の不良債権化などを通じて、金融機関経営を一段と悪化させ、貸出態度のタイト化等を通じて企業活動や消費行動に影響を及ぼすという、負の相乗作用が拡散し、「戦後最大」とか「100年に一度」といわれる世界経済危機に突入したのです。

 今回の急激な世界同時不況が発生した背景については、次のように考えることができるのではないでしょうか。すなわち、経済活動を人間の身体に例えますと、資金の流れは血液の循環のようなもので、血管が一時的にでも詰まったり、切れたりしますと経済活動が麻痺してしまいます。これまでの経済のグローバル化の進展により、結びつきが一段と強まっていた各地の金融システムや金融市場は、昨年9月にリーマン・ブラザーズが破綻したことを契機に機能不全に陥り、血液の循環が急速に萎縮、一部では逆流してしまいました。その影響は世界全体に瞬時に波及し、経済活動が急激に収縮することとなったのです。

 IMFが4月に公表した世界経済見通しをみますと、2009年は戦後、初めて世界全体で1.3%のマイナス成長、2010年は+1.9%と、小幅な回復に止まるとの見通しです。もっとも、足許は、在庫調整が進捗してきたことなどから、世界経済全体としては、大幅な悪化の後、下げ止まりつつある状況です。こうした動きを好感して国際金融資本市場でも投資家のリスクに対する許容度も戻りつつあり、世界の株価も一時に比べますと、水準を切り上げており、リーマン破綻によるショックの影響は和らぎつつあるようです。しかしながら、経済や企業活動の水準自体は、依然として極めて低い状況にあります。これは、ここ数年間に亘って蓄積されてきた、借入に依存した過剰消費や過剰債務等の様々な歪みの調整過程にあるためです。世界経済は暴風雨圏からは抜け出しつつありますが、極めて濃い霧の中をレーダーを頼りに、減速航海している状況にあり、引き続き先行きの不確実性は高い状況です。

 地域別にみますと、米国では、企業や家計の信頼感が回復しつつあるほか、雇用者数の減少ペースが和らぐなど、景気の下げ止まりに向けた兆しも増えています。しかしながら、なお厳しい金融環境が続く下で、経済全般は引き続き悪化しています。小売売上高(除く自動車、ガソリン、建築資材)は2か月連続で減少した後、5月は前月比横這いとなったほか、新車販売台数も2年前の6割程度の低水準に止まるなど、消費関連は引き続き弱さが窺われます。失業率が9.4%まで上昇するなど、雇用環境は引き続き厳しく、消費者金融の環境も顕著に改善していない中、家計は当面、慎重な支出行動を続ける可能性が高いと思います。米国の輸入貨物や国内物流の動きをみても、下げ止まる兆しがなく、先行きの消費の改善の弱さを示唆しているとも考えられます。

 今般の世界同時不況の震源ともいえる住宅市場については、住宅販売件数が低水準ながらも横這い圏内の動きとなっており、価格調整が進む中で、販売面を中心に先行き持ち直しの気配がみられます。ただし、住宅価格が底入れする兆しはまだ窺えませんし、差し押さえ物件の流入から中古市場では在庫が減り難い状況が続いています。このため、住宅投資がこの先持ち直しに転じるとしても、そのペースは緩やかなものとなりそうです。

 欧州についても、輸出が減少していますが、減少幅は縮小するなど経済の悪化のテンポは徐々に和らいでいます。ただし、4月のユーロ圏の鉱工業生産(除く建設)が前月比1.9%減少したように、世界の他の地域に比べると在庫調整の進捗が緩やかになっている可能性があり、生産の底入れや安定化にはまだ時間がかかりそうです。また、最近では、ラトビアで通貨切り下げ懸念が強まるなど、中東欧諸国の金融や経済は依然として小さなショックに対しても脆弱です。同地域経済の一段の悪化に伴うユーロ圏経済全体の下振れリスクは依然として大きいと考えられます。

 新興国や資源国においても、米欧景気の悪化に伴う輸出の減少や厳しい金融環境などを背景に、景気は全体として悪化してきましたが、最近では中国を中心に持ち直しの動きも散見されます。中国経済は、外需が低迷していることから輸出は引き続き減少していますが、固定資産投資が財政政策の効果から高い伸びを続けており、鉱工業生産の減速にも歯止めがかかっています。昨年11月に公表された4兆元の景気対策については、予想を上回る効果が上がっているとの見方がある一方、一部では政府主導の投資の動きがまだ民間部門へ十分には引き継がれておらず、今後の波及効果を慎重にみる向きもあります。高めの成長を維持する政府の強い方針に変化はないようですが、もともと輸出依存度が高い国だけに、世界経済の回復テンポが弱い中では、先行き高い成長率を持続させていくことは相応に難しいのではと考えざるを得ません。

5.国内経済の現状と先行き見通し

わが国経済の大幅な悪化

 次にわが国経済の動きについてみていきたいと思います。昨年秋以降、急速な内外需要の激減や資金調達環境の悪化といった荒天に遭遇したわが国経済は、生産活動を大幅に絞り込み、思い切った在庫調整に取り組みました。その結果、2009年1~3月期は、2008年4~6月期に比べ、生産は3割、輸出は4割減少し、実質GDPは8%、44兆円減少するという未曾有の事態となりました。

 これまでは、輸送機械、電気機械、一般機械といった一部の業種が、(1)米欧をはじめとする先進国の好調な消費や、(2)新興国の高い経済成長、(3)為替円安を背景に大幅に輸出を伸ばし、ここ数年のわが国経済成長の強力な牽引役を担ってきました。しかしながら、(イ)海外需要が全地域で急減すると共に、(ロ)為替も円高に転じたことにより、これら3業種の輸出が激減し、大幅な生産並びに在庫の調整を迫られたことから、経済の支えを失った影響が大きいと思います。すなわち、わが国は、今、申し上げた3業種の輸出依存度が高く、例えば、日本自動車工業会のデータに基づくと、生産に占める四輪車の輸出比率は2008年に58%と、4年間で1割も上昇しています。また、3業種の生産活動全体に占める割合は約5割と、米国の2割程度に比べて高く、また、これらの産業の国内での裾野が非常に広いことなどから、世界経済の悪化の直撃を受けやすい産業構造となっていたのです2。この間、鉱工業出荷の内訳をみると、10~12月は輸出向けのマイナス寄与が大きく、一方、1~3月は国内向けのマイナス寄与が大きくなっています。これは、最終需要のショックとしてはまず輸出に影響が出て、その後、設備投資など内需に波及したと理解できます。こうした産業構造の特徴は、韓国や台湾などでも同様であり、これら諸国における生産や輸出の落ち込みが、わが国同様に大きくなっていることの一因と考えられます。

  1. 2詳しくは、2009年2月に公表された「金融経済月報」のBOX「最近の鉱工業生産の大幅な減少について」をご覧下さい。

4月展望レポートにおける見通し

 日本銀行では、毎月の金融政策決定会合で経済・物価情勢を検討すると共に、毎年4月と10月の年2回、「経済・物価情勢の展望」 - 通称、展望レポート - において、経済・物価情勢に関する先行き2~3年程度の見通しを公表しております。4月末に公表した展望レポートでは、政策委員がもっとも実現可能性が高いと考える見通しを公表しています。具体的には、実質GDPの前年比は、今年度は-3%台と大きく落ち込みますが、来年度は+1%程度まで回復する姿となっています。すなわち、わが国経済は、2009年度前半は、内外の在庫調整の進捗を背景に、悪化テンポが徐々に和らぎ、次第に下げ止まりに向かうとみています。その後、2009年度後半以降は、各国における各種政策が効果を顕わすと共に、金融や実体経済における様々な調整も徐々に進捗するとみられるため、国際金融資本市場が落ち着きを取り戻し、海外経済も持ち直していくと考えられます。わが国経済も、こうした海外経済や国際金融資本市場の回復に加え、各種対策の効果もあって、緩やかに持ち直し、2010年度には潜在成長率を上回る成長に復帰していく姿を想定しています。しかしながら、先行きに対する不確実性は極めて高い状況にあります。

国内経済の現状

 これまでのところ、国内経済は、只今申し上げたシナリオに沿うかたちで展開しています。足許、わが国景気は下げ止まりつつあり、4~6月期にかけては、これまでのフリーフォール的な状態からは脱し、前期比でみた成長率はプラスに転換できると思います。すなわち、内外の在庫調整の進捗に伴い、自動車や電気機械等で5月から増産の動きが拡がりつつあるほか、輸出も4月から欧州や東アジア向けを中心に持ち直しつつあります。また、経済危機対策による財政からの押上げ効果も期待できます。ただし、この半年間に経済活動の水準が大幅に切り下がってしまったため、輸出、生産が持ち直したとしても、回復を実感し難い状況が続くと思います。

 消費や設備投資といった国内民間需要については、雇用者所得や企業収益の動向がポイントとなります。経済活動の水準が切り下がり、需要と供給のバランスが大きく崩れているため、足許では雇用と設備に過剰感が強まっています。例えば、完全失業率は5%まで上昇しているほか、残業代のカットや、企業業績悪化に伴うボーナス削減から賃金も急速に減少しており、家計所得は大幅に下落しています。こうした状況下、個人消費は、今後、自動車減税等の経済危機対策による押上げ効果と、物価下落による下支え効果が見込めますが、雇用調整や賃金の引き下げが更に拡大すると、足許、改善傾向にある消費者マインドが再び悪化し、消費全体が弱めに推移する可能性もあります。設備投資についても、先行きの需要がどの程度の水準まで回復するか見極め難いだけに、新たな投資に対しては抑制的とならざるを得ず、大幅な増加は期待できません。

 この間、物価については消費者物価の前年比が、ゼロ%近傍まで低下しています。昨年の今頃はちょうど石油製品価格や食料品価格が急激に上昇していた時期であることに加え、経済全体の需給バランスが悪化していることなどから、今年度半ばにかけて消費者物価の前年比下落幅が拡大していく可能性が高いと思います。ただし、その後は、石油製品価格などの影響が薄れていくため、中長期的なインフレ予想が安定的に推移するとの想定のもとで、下落幅は縮小すると考えられます。

 なお、このところ原油価格が再び上昇していることには注意が必要です。中国が原油、鉄鉱石、銅など様々な原材料の輸入を増やしていることや、リスク許容度が回復してきたファンド等の投機資金が相場を押上げている、といった見方があるようですが、こうした価格上昇が続き、仮に物価全体の上昇に繋がると、所得が減少する中で家計を圧迫することとなり、経済の回復に水を差しかねません。

6.先行きのリスク要因と今後の金融政策運営方針

 わが国経済は、産業構造や人口動態を勘案すると、内需の大幅な拡大による景気回復のシナリオを描きにくいだけに、引き続き外需に依存せざるを得ません。しかしながら、世界経済の様々な歪みの調整には、かなりの時間を要するとみられるため、海外経済の回復は緩やかなものに止まる可能性が高く、わが国経済の本格的な回復にも相応の時間を要するのではと考えられます。

 先行きを展望していく上での、リスク要因としては、(1)今後の海外金融経済情勢の悪化や、海外経済が回復した際の国内経済への波及効果、(2)企業の中長期的な事業戦略の見直しや、成長期待の低下、(3)内外の物価動向、が挙げられます。

 海外経済情勢については、特に米国では、個人消費や住宅投資に際立った回復が見込めないだけでなく、本格的な回復後の最終消費水準が、従来との比較では低く止まる可能性があり、不確実性は高いと思われます。また、世界経済の回復に際しては、中国や新興国の消費やインフラ投資が牽引役となることに期待が高まっていますが、例えば中国の個人消費は2007年に1.2兆ドルと、米国(同9.7兆ドル)、ユーロ圏(同6.9兆ドル)、日本(同2.5兆ドル)に比べ、規模が小さく、先進国の消費の減退を補完できるまでには、相応の時間がかかるように思われます。

 また、今回の「金融システムと実体経済の負の相乗作用を伴う世界同時不況」という危機を契機に、企業は既に様々な前向きの対応を取ってきています。また、多くの企業経営者はパラダイムの転換に対応可能な、従来の延長線上とは異なるビジネスモデルの構築にも取り組みつつあります。不採算部門からの撤退や他社との部門統合であり、新規分野の開拓、多角的なリスク管理を含めた戦略的な見地からの海外市場ごとの、最適な生産・供給体制や製品開発体制の見直し等です。このため、生産設備の廃棄や海外移転が一段と進む可能性も否定できず、その場合、海外経済が本格的に回復したとしても、国内の設備投資が抑制され、雇用環境の回復が限定的となることも否定できません。また、景気低迷の長期化により企業の中長期的な成長期待が更に低下した場合、設備投資を中心に景気が下振れる可能性があることにも注意が必要です。

 物価については、景気の下振れリスクの顕現化や、中長期的なインフレ予想の下振れなど、物価上昇率が想定以上に低下する可能性があります。一方、中長期的には、世界経済が回復する過程において、現在の極めて景気刺激的な金融・財政政策が維持された場合、一次産品価格が予想以上に上振れることなどにより、物価上昇率が想定以上に上昇する可能性もあることも注意をする必要があります。

 以上のような現状認識、および見通しを踏まえた先行きの金融政策運営としては、これまでと同様、経済・物価の見通しとその蓋然性、リスク要因を丹念に点検しながら、それらに応じて適切に政策運営を行うという基本方針を維持した上で、日本銀行としては、当面、景気・物価の下振れリスクを意識しつつ、わが国経済が物価安定のもとでの持続的成長経路に復帰していくため、中央銀行として最大限の貢献を行っていく方針です。

7.日本銀行の昨秋来の政策対応

 わが国の企業金融面をみますと、リーマン・ブラザーズ破綻までは、緩和的な金融環境の下で、先行きの資金繰りを危惧する企業は、一部の業績不振先を除けばあまりみられませんでした。しかしながら、昨年秋以降は、投資家や金融機関のリスクに対する許容度が一挙に低下し、CPや社債の発行市場の機能が極端に低下したことから、高格付企業でも高めの金利での資金調達を余儀なくされたほか、一部の業種や企業については、発行金利を引き上げても市場から資金を調達できないといった異常な状態に陥りました。一方では、先行きの業績悪化や資金の逼迫に対する警戒感から、手許流動性を厚めに確保したり、調達の前倒し、借入期間の長期化等から、企業は間接金融の依存度を高めて、銀行への融資申し入れに殺到しました。企業の資金需要の急増に対して、金融機関は自らの業績悪化や株式市場の低迷に伴う資本制約の懸念もあり、全ての資金需要には応需できず、中小・零細企業だけでなく、大企業でも資金繰りや金融機関の貸出態度が厳しいとみる先が急増し、緊張感が極めて高まりました。

 こうした金融経済情勢の混乱を受けて、日本銀行は金融政策面からわが国経済を支えるために、様々な政策措置を講じてきました。具体的には、昨年10月と12月に政策金利を引き下げて、0.1%としたほか、米国の中央銀行であるFRBとのスワップを通じた無制限のドル資金供給オペや日々の金融調節等の拡大により、市場に潤沢な流動性を供給して金融市場の安定確保に努めました。また、CPや社債市場の機能改善を図るため、銀行等を通じたCPや社債の買入れ、民間企業債務を担保に低利で無制限に資金供給を行う、企業金融支援特別オペ、といった極めて異例な対応を含めた一連の措置により、銀行の円滑な企業向け貸出実施に向けた環境整備を行い、企業金融の目詰まりを解消するよう支援してきました。

 こうした政策金利の引き下げ、金融市場の安定確保、企業金融円滑化の支援という3つの柱に沿った措置に加え、日本銀行は、金融システムの安定を図るため、金融機関保有の株式の買入れを再開したほか、金融機関向け劣後特約付貸付の供与を実施しています。これらの措置は、銀行の自己資本比率の改善を支援し、金融仲介機能の安定化を狙いとしたもので、緊急時に備えたセーフティ・ネットとしての役割を担ったものです。

 これまでに導入してきた各種措置は、市場の安定化にそれなりの貢献ができたと思います。CPや社債の発行環境は昨年末に比べて、大きく改善しています。CPの発行金利は低下しているほか、社債についても、当初計画を増額して発行する企業もみられるほか、昨年末には起債が難しかったシングルA格企業の案件も増加しています。全体でみましても、CP、社債の発行金利の低下などから、企業の資金調達コストは一頃に比べれば低下しているようです。この間、6月5日にオファーされたCP等買入れオペは、応札額がゼロとなりましたが、これはCP市場の機能が改善してきたことの証左と捉えることもできます。

 もっとも、世界経済回復に関する不透明感が強い中、今後、企業業績の悪化によるキャッシュフローの減少も見込まれ、合理化等に伴う資金需要の増加も予想されるだけに、先行きの企業金融の環境は全体としてはなお厳しい状況が続く可能性があります。また、金融市場も改善傾向にはありますが、未だ正常な状態に復したといえる状況ではありません。一方、これまでの政策対応は、中央銀行の政策手段としては異例の措置も含まれており、必要な期間に限り、必要な規模で実施することも肝要です。このため、実施期限を9月末と定めている措置の今後の取り扱いについては、金融経済情勢の推移をしっかり点検しながら、予断を持たずに検討していく必要があると思います。そして、各措置に関する判断については、日本銀行の政策意図が正確に伝わるように、国民や市場参加者との対話に当たって、慎重な対応が必要だと思います。

8.おわりに

 これまで、日本銀行の金融政策運営、および内外経済の現状と先行き見通しなどについて述べてきましたが、最後に新潟県経済についてお話したいと思います。

 さて、足許の新潟県経済は、内外景気の大きな流れの影響を受けており、現状は引き続き悪化していますが、一部に下げ止まりの動きがみられているという状況です。具体的には、輸出や生産では、これまでの大きな減少が下げ止まりつつあります。公共投資にも経済対策の効果がみられ始めています。しかし、企業収益や設備投資は減少しています。また、雇用情勢の悪化を受けて個人消費は弱まっています。

 先行きについては、内外の金融経済情勢に不確実性が高いだけに見通しづらい面もあります。ただ、経済の循環メカニズムの面でいうと、現状は、生産水準が大きく落ち込んだことを起点に、企業・家計の所得形成や支出が弱まっていく方向にあります。この流れを、最近の輸出の下げ止まりや経済対策の効果によって押し止めることができるのか、あるいは、海外の金融経済環境についてしっかりとした持ち直しの展望が出てくるかどうか、更には、その間に、県内の民間経済部門の間で回復に向けた条件が整ってくるかどうか、という辺りが大きなポイントではないかと思います。

 このうち、県内経済の回復に向けた条件との関連では、新潟県には、二つの強みもあるように思われます。

 一つ目は、観光振興への追い風です。今年は、県内で全国的に注目されるイベントが年間を通じて続くことから、「大観光交流年」と位置付け、官民挙げてこのチャンスを活かそうと取り組んでいると伺っております。新潟支店の調査では、先般のゴールデンウィーク中の観光地の人出は、前年を1割以上も上回っていました。皆様方の取組みの成果が現れたものだと思います。引き続き、新潟県の魅力を全国に伝えていくことで、交流人口の増加などを通じた地域経済の活性化が期待できるものと思われます。

 二つ目は、当地の企業の皆様が持つ「モノ作り」の技術と、販路拡大開拓のノウハウです。当地には、過去の大きな景気変動や構造変化のショックに見舞われた際にも、技術力や創造力を活かし、ビジネスモデルを柔軟に変えながら難局を打開された企業が多く存在すると伺っています。今回の景気悪化を乗り切っていくことも容易なことではないと存じますが、新潟の企業の皆様の叡智としなやかさ(resiliency)をもってすれば、次なる飛躍に向けて前進していくことが可能であると期待しております。

 最後に新潟県と日本銀行との関わりについて一つエピソードを申し上げたいと思います。古い話になりますが、明治17年の都道府県別人口調査によれば、新潟県の人口は158万3,400人と、大阪府(奈良県の約40~50万人を含めて163万人)を上回って、実質的に全国第一位だったようです。明治15年に営業を開始した日本銀行は、こうした新潟県の米作地帯、石油産出地としての経済、産業の重要性を鑑み、開業から4年後の明治19年には支店の設置を検討し始めたとの記録が残っています。日本銀行新潟支店は、最終的には日本銀行10番目の支店として大正3年に設立されました。

 新潟県が飛躍していく過程で、日本銀行としてお役に立てることがあれば引き続きご活用頂きますよう、お願い致します。

 ご清聴頂きまして、誠にありがとうございました。

以上