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【挨拶】「最近の金融経済情勢と金融政策運営」

兵庫県金融経済懇談会における挨拶

日本銀行副総裁 西村 清彦
2009年10月21日

英訳は、Recent Economic and Financial Developments and the Conduct of Monetary Policyをご覧下さい。

目次

はじめに

 日本銀行の西村でございます。本日は兵庫県経済を代表する皆様と意見交換の機会を頂き、ありがとうございます。こうした意見交換の場は、大企業から中小・零細企業に至る多くの企業の経営動向を含めて、地元経済の状況を詳しくお伺いし、同時に日本経済の見通しや金融政策について私どもの考え方をお伝えしてご意見を頂く、貴重な場と考えております。

 日頃から日本銀行神戸支店の支店長をはじめ、スタッフが、様々な機会に皆様方を訪問し、色々な話をお聞かせ頂いていると思います。皆様から頂いた情報は、わが国の金融経済情勢の的確な把握や、金融政策運営に当たって大変有益で、大いに活用させて頂いています。この場をお借りして、厚くお礼申し上げます。

 本日は、皆様と意見交換をさせて頂くのに先立ち、私から、わが国の金融経済情勢に対する日本銀行の見方と金融政策運営の考え方をご説明したいと思います。まず、世界経済の動向についてご説明した後、わが国経済について、景気、金融環境、物価の順でお話ししたいと思います。その上で、日本銀行の金融政策運営の考え方について若干ご説明した後、最後に、わが国経済の中長期的課題について、若干所感を述べさせて頂きたいと考えています。

世界経済の動向

 それでは最初に、世界経済の動向から話を始めたいと思います。

 2000年代半ばにかけ、世界経済は情報通信技術の革新とグローバル化を成長のエンジンとして、5%前後の高い成長を謳歌していました。しかし、振り返りますと、実はこうした世界経済の好調、とりわけ欧米諸国を中心とした先進国経済の好調は、かなりの部分、住宅価格や株価など資産価格の上昇が続くという楽観的な期待に依存していました。保有する資産の価格上昇が続くと期待し、家計や企業は、積極的に負債を増やし、消費や投資を行う一方で、金融機関は、貸出を増やし、レバレッジ(自己資本に対する総資産の比率)を引き上げてきました。これに拍車をかけたのが、証券化商品の発達です 1。証券化商品は、ローンの信用リスクを、ローンを組成する金融機関から、よりリスク許容度の高い投資家に移転するという仕組みです。それにより、従来住宅取得が困難だった低所得者層が住宅を購入することが可能となりましたが、十分なリスク管理をせず単に高リターンを求めた投資家の膨大な資金が証券化市場に流入することになり、住宅ブームは過熱していったのです。しかし、住宅価格の反転から投資家が無視してきたリスクが顕現し、2007年夏に米国においてサブプライム・ローン問題が深刻化したことを契機として、資産「バブル」は崩壊し、世界経済は、2008年以降後退局面に入りました。その結果、先進国を中心に、債務を膨らませていた家計や企業は、消費や投資を減らして過剰となった債務を返済しなければならなくなり、金融機関は債務を返せず不良債権化した貸出を処理しつつ、過大となったレバレッジを引き下げなければならなくなりました。いわゆるバランスシート調整に、家計・企業・金融機関がそれぞれ直面することとなったのです。

 この資産「バブル」の崩壊とそれに伴う不良債権の増大は、昨年秋にリーマン・ブラザーズの破綻を契機とする金融危機に発展しました。銀行同士で資金を融通する短期金融市場や、企業が資金調達を行う社債・CP市場において、資金の出し手が相手先の信用度を極度に警戒し、取引量が極端に落ち込み、金融市場が機能しなくなりました。こうした金融資本市場における急激な機能低下は、企業や家計の過度の不安心理の高まりと相俟って、世界経済を金融と実体経済の両面で急性症状的に収縮させることとなりました。

 その後、本年春頃から、金融危機に伴う急性症状は一服に向かい、世界経済もこのところ持ち直してきています。世界経済の持ち直しの背景としては、次の3点が指摘できます。まず、各国中央銀行による潤沢な資金供給や政府による金融システム対策などが奏功し、金融資本市場が落ち着きを取り戻してきていることです。次に、世界的に大幅な減産が行われた結果、在庫調整が進展したことです。最後に、各国における積極的なマクロ経済政策の効果が顕現していることです。

 こうした中で、世界的に部門間や地域間で、ばらつきや二極化が鮮明になってきています。この傾向は、実体経済と金融の両面で広範に観察されますが、ここでは4点だけ申し上げますと、第1には、生産が在庫調整の進捗から比較的早い回復を示す一方、雇用情勢の回復は極めて緩慢なものに止まっている傾向がみられます。第2には、財政政策の波及が及びやすい部門と及びにくい部門との間で、生産や消費の動向が大きく異なっています。第3には、資産「バブル」崩壊後のバランスシート調整に直面し、人口高齢化の影響も見込まれる先進国と、バランスシート調整がなく、高齢化の影響もまだない新興国との間に、景気回復のペースに顕著な差が現れてきています。第4に金融面では、短期金融市場で回復が鮮明となっている一方で、より長めの市場では、銀行間金利のばらつきが大きいなど市場流動性が十分回復したとは言い難い状況です。

 世界経済の先行きについては、こうしたばらつきや二極化がどのような順序で縮まっていくのか、あるいは拡がるのかに大きく依存すると考えられます。日本銀行としましては、現在のところ、政策効果もあって新興国から景気が持ち直し、それが先進国に波及して、政策効果が消える頃には緩やかに民間需要の持ち直しへとつながり、世界経済は緩やかな成長経路に収束していく、という姿を中心的見通しとしています。

 もっとも、ばらつきや二極化の動き次第では、別のシナリオを辿るリスクがあり、先行きの不確実性はなお高い状況です。例えば、先進国においてバランスシート調整の影響から雇用情勢の悪化が続き、それが需要を下押しするようになれば、世界経済は下振れることになります。また、新興国経済が上振れた場合、世界経済は上振れる可能性もありますが、これにより資源需要が高まると、商品市況が高騰するに連れて、先進国の交易条件が悪化し、むしろスタグフレーション的な状況に陥る可能性もあります。こうした様々なばらつきや二極化の動きについては、今後とも注視する必要があると考えています。

  1. 1証券化商品の果たした役割は、私の日本金融学会講演要旨「金融システムの安定性とマーケット・コンフィデンス」(2009年5月16日、本ホームページに掲載)で、詳しく説明しております。

わが国の景気動向

 次にわが国の景気動向に目を転じたいと思います。

 近年わが国の景気は、世界経済の動向に大きく依存する形になっています。今回の金融危機以前の、戦後最長の景気拡大期においても、景気の牽引役は輸出でした。個人消費については、高齢化の進展による消費構造の変化や、生産のグローバル化を反映した国内雇用の伸びの低さと雇用者所得の伸び悩みから、弱いままでした。こうした個人消費の弱さは、これをターゲットとする部門の設備投資の伸び悩みにつながり、結果として、国内民間需要は、弱めの状況が続いていました。そして、金融危機に伴う急性症状的な世界経済の悪化により、世界貿易が急速に収縮し、輸出が激減する下で、わが国の景気は、過去に余り例をみない程、急速に落ち込んだのです。

 もっとも、本年春以降は、世界経済が下げ止まりに向かう中で、わが国の景気にも前向きの動きがみられており、現在は「持ち直しつつある」と判断しています。すなわち、公共投資や輸出・生産は増加が続いています。他方、厳しい所得・収益状況の下で、個人消費や設備投資は弱めの動きとなっています。

 景気の先行きは、当面は世界経済の動向に大きく依存する展開となりますが、先ほど申し上げました通り、これについては緩やかながらも持ち直していくと考えています。輸出や生産は増加傾向を続けるとみられますし、公共投資についても、既往の経済対策の進捗から、当面は増加を続けると見込まれます。こうした需要・生産両面の改善を受けた企業収益の回復や各種景気刺激策の効果などが、足もと弱めで推移している設備投資や個人消費にも徐々に波及していく姿が展望されます。このように、わが国の景気は緩やかな持ち直し基調を続けるというのが今後の中心的見通しです。

 もっとも、景気見通しを巡る不確実性は、依然高いとみています。最大のリスク要因は、やはり世界経済の動向です。これには、先に申し上げた通り、上下両方向のリスクが存在します。また、国内固有のリスク要因としては、国内外で従来と比べ成長率が低下する下で、企業の中長期的な成長期待が下振れるリスクが存在します。このように景気の先行きを巡っては、上下双方に様々なリスク要因が存在しますが、リスク要因全体でみますと、現時点ではなお下振れリスクの方が高い状況が続いているのではないかと判断しています。いずれにしましても、こうした様々なリスク要因に十分注意しながら、引き続き、経済情勢を丹念に点検していく所存です。

金融環境

 只今ご説明した景気持ち直しの裏側では、金融環境にも厳しさは残るものの改善の動きが拡がっています。以下では、昨年秋以降のわが国金融環境の動向について、やや詳しくご説明します。

 昨年秋、金融危機に伴う急性症状は、わが国では大企業や銀行・機関投資家が主な市場参加者である、社債・CP市場など直接金融市場に顕著に現れました。リーマン・ブラザーズ破綻を契機として、わが国でも株価が急激に下落するとともに、社債のデフォルトが発生するようになりました。そうした中で、社債・CP市場においては、市場参加者に過度の不安心理が蔓延し、投資家が発行企業のリスクに対して過敏となりました。また、取引量が極端に細り、平均市場金利が市場のファンダメンタルズを反映せず、個々の特殊事情に依存するようになるなど、市場機能が大きく低下しました。その結果、社債・CPの発行環境は著しく悪化しました。社債市場では、BBB格社債の信用スプレッド(社債利回りと国債利回りの格差)は、2008年夏場には1%程度で推移していましたが、2008年度末にかけて4%を超える水準まで急激に拡大し、殆ど起債がみられなくなりました。また、中位的な格付けとして認識されてきたA格社債でも、2008年夏場には0.7~0.8%程度で推移していた信用スプレッドが、2008年度末にかけて1.5%を超える水準まで拡大し、10月から11月にかけて起債がほぼ途絶えました。この間、CP市場でも、発行金利が大幅に上昇しました。11月には、単月ではありますが、CPの平均発行金利(3か月)が、銀行貸出金利(短期の新規貸出約定平均金利)を上回る極めて異例の状況が発生しました。

 そして社債やCPによる資金調達が困難となった大企業が、資金需要を充足するため、調達手段を銀行借入にシフトする動きを進めました。こうした大企業による資金調達の間接金融へのシフトに伴い、中小企業への資金の流れは細り、中小企業の資金繰りにも悪影響を及ぼすことが危惧されるようになりました。

 そうした中で、企業の資金繰り判断は、2008年度末にかけて、大企業・中小企業とも1998年のわが国における金融危機時に迫る水準まで大きく悪化しました。直接金融のみならず、間接金融にも全般に逼迫感が高まり、それが実体経済を悪化させ、相互に悪影響を増幅させていく負の相乗作用が生じる懸念が生じていたのです。

 このように、金融危機に伴う急性症状によって、わが国の金融環境は、企業金融を中心に急激に悪化しました。もっとも、最近は、市場における過度の不安心理が後退し、実体経済も持ち直しに向かう中で、金融環境は、改善の動きが拡がってきています。ただ、中小企業を中心に厳しさも残っています。

 この点、只今取り上げたポイントに沿って変化を跡づけますと、まず、直接金融市場では、大企業の資金繰りを圧迫してきた社債・CP市場の発行環境が、このところ、BBB格以下の低格付社債を除き、良好になっているとみています 2。A格社債については、信用スプレッドが本年春頃から低下しており、公募発行額もはっきりと増加しています。発行銘柄にも拡がりがみられています。最近は、市場参加者から、過熱感を指摘する声も聞かれるようになりました。一方、BBB格社債については、信用スプレッドが高止まる中、公募発行はみられるものの、銘柄は限定的です。低格付社債の発行が依然低調な背景について、投資家から発行企業の格下げ懸念が燻っているとの声が聞かれる一方、発行企業から銀行借入に比べ条件面で見劣りするとの指摘が聞こえます。いずれにせよ、低格付社債の発行環境については、市場機能の低下とは性格が異なった構造的要因が影響しているとみられます。CP市場についてみますと、発行金利が格付けの高低によらず大きく低下しています。特に、高格付け先については、発行金利が短期国債金利を下回る官民逆転現象さえ生じています。

 次に、間接金融における変化をみますと、このところ、企業の運転資金需要、設備資金需要ともに後退しています。実際、金融機関からみた企業の資金需要DIをみると、昨年末に過去最高の「増加」超となった後、ピークアウトし、7月調査では企業規模によらず「減少」超に転じています。こうした資金需要面の動きを反映して、銀行貸出は、昨年末にかけて経済が急速に落ち込む中で伸びを高めた後、足もとにかけて伸びは鈍化傾向を示しています。

 景気が持ち直しに向かい、直接金融市場の機能も改善する中、大企業の資金繰り判断は、このところはっきりと改善しています。一方、中小企業の資金繰り判断については、昨年末に導入された政府の緊急保証制度の効果が現れていること、景気が持ち直しつつあることなどを背景に、改善の動きはみられていますが、水準は2002年初の景気のボトム時点と同程度であり、改善幅も大企業と比べ小幅であるなど、厳しさが続いています。

  1. 29月短観におけるCP発行環境判断は、全産業でみれば小幅改善に止まっています。もっとも、これはCPを発行していない企業が報道等に基づいて答えていることに起因するバイアスによるものであるとみられます。実際、業種別にみると、CP発行が多い業種では、発行環境判断は大きく改善しています。

物価面の動向

 続いて、物価面の動向について話を進めたいと思います。

 消費者物価は、昨年来、石油製品価格の影響を受けて非常に振れの大きい展開となっています。すなわち、生鮮食品を除く消費者物価の前年比をみると、石油製品価格の高騰を主因に昨年前半に急上昇し、夏場には+2.4%を記録しました。これは、消費税引き上げの影響を除くと、92年以来およそ16年振りの高い伸びでした。これに対し、昨年後半以降は、それまでの反動から一気に下落に転じ、先月末に公表された8月分の前年比は、−2.4%と統計開始以来の最大の下落となりました。8月の生鮮食品を除く消費者物価水準は、ちょうど石油製品価格高騰前の2007年6月の水準に戻っています。

 消費者物価前年比の先行きについて展望しますと、石油製品価格高騰の反動の影響が薄れていくとともに、景気の持ち直しにより経済の需給バランスが改善していく中で、下落幅は縮小していくと考えられます。もっとも、昨年秋以降の急激な景気の落ち込みを反映して、需給バランスは大きく緩んだと考えられ、その改善テンポは緩慢とみられるため、前年比でみた物価下落が相応の期間続く可能性が高い状況にあります。

 このような消費者物価の下落傾向は、実は日本だけでなく米国をはじめ主要先進国で広範にみられる現象です。これらの国の多くでは、経済を襲った負の需要ショックが余りに大きかったため、今後景気は持ち直していくものの、物価が望ましいと考えられる上昇率に復するまで、かなり時間を要する姿が予想されています。

 こうした中、「デフレ」という言葉が、メディアに登場する機会が増えてきているように思います。「デフレ」という言葉はよく使われるものの、論者によって同じ言葉が様々な意味で使用されています。例えば、消費者物価の下落を指す論者もいれば、資産価格の下落や経済活動の落ち込みを含める論者も存在します。さらに、どの物価指数が、どの程度、どの期間下落した場合をデフレと呼ぶかも論者により異なります。

 重要なのは、こうした特定の「デフレ」の定義に基づいた議論ではなく、日本経済が物価安定のもとでの持続的成長に復する展望が拓けるか否かという点です。その観点から、物価下落が起点となって景気悪化をもたらすことのないようにすることが大事であると考えています。そのためには、以下の2点が重要であると思われます。第1には、金融システムの安定が維持されていることです。金融システムが健全に機能していれば、企業が一時的に需要の大きな落ち込みに直面したとしても、金融機関は自身の体力の範囲内で、企業に対して流動性を供給できます。銀行貸出がショックに対するバッファーとなれば、返済資金確保目的の投売りのような、一層の景気悪化をもたらしかねない価格引き下げを、企業が行う可能性がより小さくなると考えられます。第2には、中長期的な物価上昇率の予想が、足下の物価上昇率の推移に引き摺られて下落することなく、安定していることです。中長期的な物価上昇率の予想が安定していれば、企業は、長い目でみれば価格は上昇に転じると考えて価格を設定することとなります。それは、物価下落に対して抑止的に働き、物価下落が景気悪化を招来する可能性も小さくすると考えられます。

 こうした観点から、最近のわが国の物価動向を巡る状況を評価しますと、まず、わが国の金融システムについては、これまでのところ欧米諸国と比べて不良債権など自国に由来するストレスは小さいとみられます。また、中長期的な物価上昇率の予想についても、サーベイ調査や市場のデータから推測する限り、これまでのところ大きな変調を来たしているとは考えられません。もっとも、世界経済がバランスシート調整の途上にある下では、これに起因する金融システム面でのリスクはなかなか払拭しきれるものではありません。また、物価の下落が相応の期間続くことが見込まれる状況では、中長期的な物価上昇率の予想が、物価上昇率の実績に引き摺られて大きく下振れる脆弱性リスクを抱えていることとなります。これらの下振れリスクに十分に留意して、今後とも物価動向を注視していく所存です。

日本銀行の金融政策運営

 これまで国内外の経済・物価情勢についてご説明してきましたが、以下では、これらを踏まえた日本銀行の金融政策運営の考え方について、簡単にお話します。

 日本銀行では、昨年秋以降これまでの間、金融面からわが国経済を支えるため、様々な政策対応を実施してきました。

 まず、金利政策に関しては、政策金利を0.1%まで引き下げた後、この極めて低水準な金利を維持することにより、緩和的な金融環境を提供することを通じて景気の下支えに寄与してきました。

 また、金融市場の安定確保や企業金融円滑化支援を目的として、金融市場に潤沢な資金供給を行うとともに、CP・社債の買入れや企業金融支援特別オペレーションなど各種の措置を実施しました。CP・社債の買入れなどの措置は、中央銀行の政策手段としては異例の措置ですが、日本銀行としては、先程CP・社債市場を例にとってご説明申し上げました「市場参加者の過度の不安心理」や「市場機能の急激な低下」など、金融危機に伴って金融環境面で現れた様々な急性症状に対応するため、時限措置として実行することが適当と判断しました。こうした時限措置については、例えば、CP・社債の買入れは、市場参加者の過度の不安心理が後退する過程において一定の役割を果たしたと考えられますし、企業金融支援特別オペレーションも、急激に低下した市場機能の回復をサポートしたと思います。また、適格担保要件の緩和は、銀行による民間企業に対する資金供給を後押ししたと考えています。

 日本銀行の政策を含め、今次局面において各国が実施した経済政策を巡っては、世界経済が改善に向かう中で「出口戦略」という言葉をよく耳にするようになりました。この言葉は、様々な定義で使われていますが、国際会議などでは、拡張的なマクロの金融・財政政策や金融システム安定化策を対象に議論されることが多いように思います。

 この点、先月のG20財務大臣・中央銀行総裁会議では、次の通り確認されました。すなわち、出口戦略については、「国や政策手段によって時期や順序は異なるが」、「景気回復が確実になるまで、必要な金融支援や拡張的な財政・金融政策の実施を継続する」というものです。こうした考え方は、先日のG7でも改めて共有されました。

 実際、欧米において様々な調整が進捗するには、なおかなりの時間を要すると考えられ、その間は、拡張的なマクロ経済政策により経済の下支えを続けていく必要があります。わが国経済も、ようやく持ち直しの緒についたばかりであり、金融政策運営面では、持続的成長経路への復帰を支援するため、緩和的な金融環境を粘り強く確保することが重要であると考えています。

 一方、昨年秋のリーマン・ブラザーズ破綻をきっかけとする「市場参加者の過度の不安心理」や「市場機能の急激な低下」などの急性症状に対応して導入した緊急手段の取り扱いは、只今申し述べたようなマクロ経済政策の出口とは異なる問題であり、過度の不安心理の解消度合い、市場機能の回復度合いなどに応じて見直していくことが適当であると考えられています。実際、米国では、Fedによる長期国債の買入れやTAF(Term Auction Facility)と呼ばれる期間の長い資金供給オペなどいくつかの措置について、既に停止あるいは縮小の方針が打ち出されています。

 私どもの各種の時限措置の取り扱いについても、それぞれの効果や必要性をできるだけ包括的に点検した上で、次回金融政策決定会合以降の適切なタイミングでとりまとめて判断してまいりたいと考えています。

 日本銀行としては、わが国経済が物価安定のもとでの持続的成長経路へ復帰していくため、中央銀行として引き続き最大限の貢献を行う所存です。

おわりにー日本経済の中長期的課題ー

 最後に、やや視点を変えまして、より中長期的な観点からみた日本経済の課題について若干考えを述べさせて頂きたいと思います。

 今後の激動する世界経済の中で、日本経済が国民の生活水準を高める成長を達成するためには、日本企業が世界経済を巡る中長期的な環境変化に対応する必要があります。私は、次の3つの環境変化が鍵となると考えています。

 第1の環境変化は、持続可能な世界経済成長率が変化する可能性です。先ほど申し上げました通り、資産「バブル」が長期にわたり、且つ世界的だっただけに、必要なバランスシート調整が完了するまでには、短期的な景気循環を超えた長い時間を要する可能性があります。企業としては長期的な観点からこの可能性に対応することが必要となります。

 第2の環境変化は、わが国をはじめ先進国全体で進展している人口の高齢化です。高齢化が進み、遂には人口が減少する経済にあっては、総消費需要の伸びは低下傾向になるほか、消費の構成も高年齢層の消費が相対的に重要になります。余り話題になりませんが、高成長を示す中国でも人口高齢化の影響は今後現れてくると思われます。

 そして第3の環境変化は、再生産できない資源や環境の制約の強まりです。例えば、地球温暖化の問題は、文字通り1国の問題ではなく地球規模の問題です。

 こうした環境変化に如何に対応するかは、まさに企業経営者の皆様の知恵に勝るものはありません。私からは、一般論的なポイントとして、2点だけコメントしたいと思います。

 まず、グローバルなバランスシート調整に対しては、国内需要を拡大することはもちろん重要ですが、同時に新興国需要をどのように取り込むかも重要です。新興国経済は、わが国の貿易における競争相手であると同時に、わが国で生産される財の潜在的な最終需要者でもあります。わが国製造業は従来から世界経済の構造変化に迅速に対応し新規需要を開拓してきました。その強みを矯めることなく伸ばしながら、中長期的課題に対応するのが日本経済調整プロセスの一つの柱なのではないかと思います。

 また、人口高齢化や再生産できない資源・環境制約については、環境に適合した新しい製品を作り出すイノベーションに尽きると考えています。人口高齢化を例にとりますと、現在はIT家電に代表されるように、若年層にアピールし、大量生産で利益を出す技術進歩の努力が中心なのではないかと思います。しかしこれでは、若年層の比率が低下するにつれて、以前ほどの付加価値創造力はなくなると考えるのが自然です。今後は、高齢者が必要とする技術を如何に先取りするかが重要になってきます。実は金融の世界でも、特に高齢者が保有する金融資産を如何に社会的に必要とされる投資に結びつけるかという点について、商品イノベーションの必要性が大きいと考えられます。この際、金融業や製造業という「業界」枠の桎梏を超える動きが、喫緊の課題のように思います。

 以上を踏まえ、当地経済に目を転じますと、幸いにこうした中長期的な環境変化に対する対応が、着々と進んでいるように見受けられます。時間に制約がありますので、資源や環境制約に対する対応の事例に絞りますと、当地は、太陽電池、リチウムイオン電池、ニッケル水素電池の生産拠点として関連企業が集積しており、風力発電についても施設関連の企業の立地がみられるなど、エコビジネスにおける潜在能力の高い地域の一つであるとの評価を伺っております。

 現在我々が直面している環境変化は、グローバルな現象です。否が応でも社会全体を巻き込んでいくような性格の変化です。こうした中で、企業として、国家として生き残っていくには創意工夫以外にはありません。現在の様々な努力が結実し、当地経済がますます順調に発展を遂げられることを願って結びとしたいと思います。

 ご清聴ありがとうございました。

以上